「うしろを振り返ってはいけない」王鋭伝道師–2022.08.14


「うしろを振り返ってはいけない」
創世記19:15-29;王鋭伝道師

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  終わりの日というのは私たちの平安で安らかな日常に突然近づくものです。聖書は、振り返ってはいけないと警告しています。神様がアブラハムの目の前でソドムとゴモラを滅ぼそうとしたのは、クリスチャンに対して警告を発するためです。
 
 イエス様は再臨される日について、ロトの時代のようであると教えています(ルカ17:28〜29)。ロトの時代とは、つまり今日のような日のことであります。ソドムが迎えた結末は私たちが迎える結末でもあるのです。ですから、私たちは世の中のまやかしに惑わされてはなりません。イエス・キリストが再臨される日にさばきが全世界に及ぶからです。
 
 15節で御使いがロトに語ったことばは福音の本質です。振り返ってはいけないとは、ロトの家族全員に対する警告でした。ロトはためらいました。それは、主に対する信仰の弱さの表れであり、警告に対する軽視でもありました。過去の経験から自宅に戻るべきだとも考えました。ロトは自分の経験や常識でもってこの問題に対処しようとしたのです。私たち自身、信仰の弱いものであります。社会的な常識や過去に積み重ねてきた奉仕の経験則にとらわれて、霊的な罠に陥れられてしまうのです。ロトは振り返りませんでしたが、心は振り返っていたのではないかと思います。
 
 しかし、ロトの妻は振り返ったので塩の柱になりました。七十人訳聖書では「振り返る」について「目で見て重んじる」ということばを用いています。ロトの妻は自分の家がある輝かしい町々を重んじたのです。そして、自分自身で下した決断によって代価を払うことになりました。
 
 私たちも、この世の常識や積み重ねてきた経験にとらわれて過去に属していたこの世に目を留めているかもしれません。しかし、その道は死へ至る道です。留まったり、振り返ってたりしてはいけません。神様はアブラハムとその子孫を聖別し、それは今日へと至っています。私たちは人の子が来るのを待ち望んでいます。イエス・キリストとともに歩む天国へと至る道は危険を伴うかもしれませんが、終わりの日には栄光に満ちたものとなります。十字架を背負ってイエス様に着いて行きましょう。