「ヨセフの監獄生活」鈴木啓明宣教師–2021.11.21


「ヨセフの監獄生活」
創世記40:1-8;鈴木啓明宣教師

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ヨセフは11人の兄弟のほとんどから嫌われていました。父ヤコブがヨセフをえこひいきしていたからです。ヤコブはヨセフを特別に愛しました。ヤコブの兄弟たちは、父の愛を独占しているヨセフに対して怒りを感じていました。さらには兄たちが弟のヨセフを拝むという夢をヨセフは見たのです。兄たちはさらに怒ってヨセフをエジプトに奴隷として売り飛ばしてしまいました。ヨセフはエジプトでパロに仕える役人ポティファルの家で働き、主人から認められ全ての職を管理するようになりました。しかし、ポティファルの妻がヨセフを誘惑したものの、うまくいかなかったことで、ヨセフは嘘の訴えをされ、王の囚人が入れられる監獄に入れられました。これがヨハネのカナンからエジプトの監獄までの顛末です。

  父に愛され、兄弟に売られ、奴隷として外国へ売られたヨセフです。エジプト人はイスラエル人を見下していました。自由の身でも新しい言葉や文化を学ぶことは容易ではありません。監獄にいたヨセフはうつ病になってもおかしくない状況でした。
 
1.人生の底辺での信仰
  監獄には献酌官長と調理官長が入れられていました。ヨセフは彼らの顔色が悪いことを気にしました。彼らは罪を犯したエジプト人です。本来であれば、無実の罪で監獄にいる外国人のヨセフが一番顔色が悪かったはずです。ヨセフは他人のことを気にする余裕があるはずもないのに、普段から彼らの様子を観察していたのでしょう。しかも、彼らが見た夢を「私に話してください」と言っています。かつて自分が見た夢が叶うどころか、真逆の状態にいるのにです。ヨセフは夢にはかかわりたっくないはずなのに、なぜ彼らの夢を知りたがったのでしょうか。8節にヒントがあります。ヨセフは最悪な状況を神様のせいにしていません。むしろ、神様に対してしっかりした信仰を持っていました。人生の底辺でも神様と隣人に仕えようとしています。夢を解き明かす賜物を用いようとしています。病にあっても神様に仕えることができます。病が治ったら奉仕しよう、自由な時間ができたら奉仕しよう、経済的に余裕ができたら奉仕しようというのではありません。私もかつては不満ばかりを持って、依頼された奉仕も断ってばかりでした。当時の私は自分の顔色しか見ていなかったからです。

  献酌官長がもとの仕事に戻り、夢が叶いました。その後王が夢を見たことで、献酌官長はヨセフを思い出しました。ヨセフはついに出獄できたのです。そのきっかけは、「顔色が悪い」と声をかけたことでした。ヨセフは人生の底辺で信仰を発揮したので、出獄することができました。試練の時の信仰が非常に重要です。
 
2.突然扉が開く
ヨセフは2年以上監獄にいました。ヨセフが出獄できた(創世記41:14)決定的な日は、いつもと同じ朝だったことでしょう。何の前触れもなく、ヨセフのために扉が開きました。そして突然王の前に出たのです。神様は突然扉を開かれる方です。人にとっては主は突然行動を起こされるように感じます。しかし、主はすでに行動を起こしています。私達は主が動いていることを見ることができないので、毎日同じような日を送っているように感じます。ヨハネは王が夢を見ていたことや献酌官長がヨセフのことを話したこと、王が使いをやってヨセフを監獄から出そうとしていることを知りませんでした。

  神様の視点からだと、物事は全く突然ではありません。しかし、ヨセフにとっては突然でした。このように、神様は私達が期待している扉を突然開けられる方です。1年前に詩篇23篇から、神様は羊飼いで私達を守ってくださり、戦ってくださるメッセージで語りました。その時に私達夫婦がある問題に直面していることを話しました。夫婦で意見を一致させ、自分の思いを抑えてひたすら神様の時を2年以上待っていました。突然扉が開かれ、問題が解決しました。それを知った日も、普通の日でした。突然神様は扉を開かれます。扉が開かれるのを待っている人がいることでしょう。新しい仕事、家族の救い、家族の和解、健康、結婚相手等、主は突然扉を開いてくださいます。主はすでに動いてくださっています。