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今日の聖書箇所では神のことばは一体どういうことばなのかについて書かれております。
神のみことばの特徴
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ただ神さまのみことばだけが人々の心を満たすことができるのです。食べ物は私たちの
体の必要を満たしますが、神のみことばは全人類の霊的な必要を満たします。私たちはお金を払って食べ物を買いますが、みことばは無料で値なしに私たちに与えられます。Tコリント1:22−24では、この世の中に二種類の人間がいると書かれています。第一種類の人間はユダヤ人です。ユダヤ人はしるしを要求します。現代の社会においてユダヤ人と同じように奇蹟を求める、仏教徒のように神様からのご利益を求める人がいます。第二種類の人間はギリシャ人であり、彼らは知識者を代表しております。彼らは知恵や哲学を捜し求めています。パウロは十字架につけられたキリストを宣べ伝えておりますと言いました。ユダヤ人やギリシャ人にとって、神のみことばは愚かであるけれども、私たちには神の力であり、知恵なのです。私たちクリスチャンは神様のみことばから光、知恵、力をいただきます。私たちはみことばを追い求める霊的な欲求を持たなければなりません。
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神の約束です。3節「私たちはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛
の契約を結ぶ」。神様はすべてのクリスチャンと契約を立てました。私たちがイエス・キリストを信じる時、神の御国の国民になることができます。ですから、神様は私たちに求めていることは、私たちが神を信じて、神のみことばに聞き従うことです。私たちが神のみ前に出る時に自分自身の罪を認め、イエス・キリストを信じ頼り、神のみことばに聞き従います。その時に神様は私たちと共にいて下さいます。これが神の約束です。
神様は私たちに二つのことを保証して下さいました。一つ目は私たちが罪を認めれば、私たちの罪を赦して下さり、清められた心、すなわち良心を与えて下さいます。二つ目は逆境の時に平安を持つことができます。神様はクリスチャン生活がすべて順風満帆であるとは約束しておりませんが、私たちが逆境の時に、神様は永遠に離れないことを保証して下さっております。神様は神様を信じて従う人々を捨てません。
6−7節、神様は悔い改めることを求めております。教会の中には二種類の人がいます。一種類の人間はあまり悔い改めない人です。ただ、イエス・キリストの愛について語り、賛美するだけの人です。ですから、それらの人々の喜びは空洞的なものです。二種類の人間は悔い改め、罪を認めます。とても、敬虔なクリスチャンです。しかし、時にこのようなクリスチャンの心の中に喜びも平安もありません。それらの人々は神様の十字架の愛の元に帰らなかったのです。このような悔い改めは不完全です。神様は私たちに求めていることは、主の救いを私たちの喜びとすることです。主は必ず豊に赦しを行って下さいます。
8−9節、主の道について書かれています。「思い」は思想で、「道」は生活です。思想と生活をプラスすれば、文化です。私のことばは文化ではありません。ですから、孔子、孟子、プラトンの哲学などは神のことばではないのです。
10−11節、神様のみことばは必ず神様が約束したことを成し遂げます。神のことばは私たちの思想を照らし、私たちの価値観を変えて下さいます。神様のみことばは私たちの頑固な意志に打ち勝ちます。神のみことばは私たちに新たな欲求を与えて下さいます。神のみことばだけが唯一人々の心を満たすことができます。
神のみことばは私たち個人を変えるだけで、グループを変え、教会を変えます。私たちに神のみことばを追い求める欲求をお与え下さいますように。 |