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イエス様を信じるとは、困難がなくなることではないのです。ではクリスチャンとノンクリスチャンは何が違うのでしょうか。私たちは同じこの地球に生き,同じ水を飲み,食べ物も食べます。人生において挫折も成功も味わいます。一番大きな違いは,クリスチャンには神様の限りない恵みがあることです。イエス様は私たちに「主の恵みは十分にある」と言ってくださいます。私たちはどの様な状況の中でも信仰によって歩み続けることができます。今日は聖書から恵みを二つに分けて考えて見たいと思います。
T.一般的な恵み。一般的恵みは全人類不信者にも与えられている恵みです。マタイの福音書の5章45節,神様は悪い人にも良い人にも太陽を上らせ雨を降らせます。神様だけが雨を降らせ太陽でこの大地を照らすことができます。聖書は科学を否定しません。科学が神様より勝るという考え方を否定します。創世記8章22節,地が続く限り種蒔き刈り入れ,寒さと暑さ,夏と冬,昼と夜とは,やむことがない。神様が自然界の法則を定められました。科学者は、神様が定めてくださった法則を発見したにすぎないのです。ですから私たちはおごりたかぶることはないのです。一般的な恵みによって科学が発達し私たちはその恩恵を受けるのです。一般的な恵みの中で神様を知っている人だけが人生を変えられます。心も変えられます。幸せな生活をすることができる様になるのです。
U.特殊的な恵み。特殊的な恵みはクリスチャンに与えられたものです。ローマ8章30節,神様はすべて民の中から私たちを選ばれました。また私たちは信じることによって義と認められました。そして救いの恵みに預かりました。救われるだけではなく神の栄光の中にいれられます。イエス様が十字架で成就された救いです。私たちが何か良いことをしたからではありません。ですから私たちは感謝する以外ないのです。イエス様を信じたのは決して偶然ではありません。人によってイエス様を信じる過程は違ったかもしれません。しかしすべての人にイエス様の導きがあったことを忘れないでください。
神様の特殊的な恵みに導かれて私たちはやがて聖なる都に導かれていくのです。ブル人への手紙の作者はこの様に言いました。神様は私たちのために住まいを用意してくださった。また黙示録の21章,聖なる都には照らす光は必要ない。なぜなら神ご自身の栄光が都を照らしているから。また都には12の門がありすべて真珠でできていた。素晴らしい価値があることを言い表しています。そこにはイエス様の命の書に書かれている人たちが入ることができるのです。心底から悔い改めて主の十字架の恵みを受け入れた人だけなのです。イエス様の十字架の救いによって,この特殊的な恵みが私たちを聖なる都に導いてくださるのです。
神様は私たちに困難の中においても神様から恵みをいただくことを学ぶことを望んでおられます。神様の恵みに頼るのです。そうすれば希望に満ちた人生を過ごすことができます。神様の恵みは一生涯消えることはありません。どうか神様を求め続けてください。 |