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「 エマオへの道に伴うイエス」 

2008 / 04 / 27            

講師  榊原寛牧師  
聖書箇所  ルカ24:13−16          
記録  石川由紀  
 

 イエス様は復活してから40日間、弟子達の間にしばしば現れました。あなたはイエス様としばしば出会っているでしょうか?何年も会っていない方や、一度も会ったことがない方もいるかもしれません。 

エルサレムからエマオへ向かう二人の弟子たちにイエス様は現れましたが、彼らはしばらく同行している旅人がイエス様であることに気が付きませんでした。彼らと共に泊まられるイエス様がパンを裂いたとき、彼らははじめてその方がイエス様であることに気付いたのです。弟子たちは、午後から夕方を経て夜にかけてエルサレムからエ11キロを旅してエマオに向かう途中で、イエス様に出会いました。この旅を自分の人生と重ねてみてみましょう。 

まずは、弟子たちは暗い顔つき(17節)でした。彼らは旅路を共にしているイエス様に、過去の出来事しか話すことが出来ませんでした。なぜなら、彼らは過去の中に生きていたからです。復活の事実を、信仰を持って受け入れることが出来ませんでした。墓が空になり、御使いの言葉を聞いても、復活を信じることができませんでした。聖書を完全に信じるとき、心は燃えるのです。しかし、彼らは目がさえぎられていました(16節)。常識や経験にとどまるとき、目はさえぎられてしまいます。困難や苦しみにあったときも、目はさえぎられてしまいます。また、ある人は信じようとしません。信じようとしない心には、プラス面はありません。信じようとするとき、謙虚な気持ちになります。神様はその謙虚な人に大きな祝福をお与えになります。あなたは、家族や友達のことを完全に知っていますか?完全に知らなければ信じられないと言うのであれば、誰のことをも信じられないでしょう。聖霊は、あなたの目をさえぎっているものが何であるのか、ご存知です。 

私たちの人生にイエス様が伴ってくださることは、いうまでもありません。イエスご自身が近づいて(15節)、弟子達と歩かれたように、私たちの人生にも、自ら近づいてきてくださいます。忙しいからといって、代わりに御使いを遣わすようなことはありません。イエス様は私たちと共にいてくださり、昼夜私たちを守ってくださいます。 

弟子たちはイエス様に一緒に泊まるようすすめました(29節)。イエス様が私たちと泊まってくださるということは、私たちと生活を共にしてくださると言うことです。私たちが気付こうが気付きまいが、私たちと共に生活し、私たちの日々の糧を与えてくださるのです(30節)。例え誰も伴えない手術室や困難に立ち向かうときにも、イエス様は私たちと共にいてくださいます。 
 

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