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「 新約の中の賛美」 

2008 / 04 / 20            

講師  李   宏裕牧師  
聖書箇所  エペソ1:3−14         
記録  酒井美音子  
 

 イザヤ43:21「わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう」とありますが、神様が私たちを創造した目的は、私たちが神様を賛美することです。旧約の人々は、特に詩篇の中で神様が創造した宇宙や天地を賛美しております。これから分かるように当時の人々が賛美していたのは目に見えるもの、自分の経験したことを通して賛美しておりました。パウロは私たちの賛美は私たちの目に見えるものを通して賛美するところに留まってはいけないと言っております。新約の人たちの神様の働きに対する知識は旧約の時代の人より多く知っております。なぜなら、救い主であるイエス様がすでにいらっしゃいました。イエス様の成し遂げられたことによって私たちが神様に属する者となったということが最大の賛美です。

 神様のご計画とは何でしょうか?神様は天地が創造される前からキリストを信じる者を選び、ご自分の子供としてキリストに似た者となるようにあらかじめ決定しておりました。神様は人間が堕落することを知っており、私たちのために救い主をお与えになったのです。救い主を信じる者が新しい命を得て、神様に従うことができるようにしてくれました。将来、私たちは神様の裁き座に出る時に、神様に属する者だけが神の御前で永遠に賛美することできます。これは神様が人を造られた最大の目的です。神様は私たちを選び、予定し、私たちが堕落し、救われ、神に属する者となりました。

 それでは、今日の箇所から3つに分けて考えて見ましょう。

  1. 私たちを選び、傷のない者として下さった(4節)。

 私たちは選ばれた後に神様の力を得て、ますます神様に似た者とならなければなりません。ですから、私たちは罪から離れなければなりません。

 私たちはただ礼拝に出席し、聖書を学ぶだけではなく、神様が私たちを選んだ目的の一つは、キリストにあって聖くなることです。ですから、キリストにあって生活している人は過去の汚れた考えから離れ、恨み辛みも一つ一つ消えていき、キリストと同じように変えられていくでしょう。

  1. 私たちが選ばれたのは神の僕となるだけでなく、私たちが選ばれた目的は神様の子供となることです(5節)。

    神様が現れた時を見てみると人と同じように見えたので、私たちは神に似せて造られた尊い身分を知るこ

 とができます。このかたちは子供の形です。子供の姿は、不完全な姿で、完全に独立することができません。このような人は神様の下に立ち返り、神様に拠り頼まなければなりません。神様が私たちを子供の姿に似せて造られたのは、神様の下に完全に拠り頼むためなのです。

  1. 私たちは尊い資産となりました。

    11節、「私たちは御国を受け継ぐ者となった」とは、違う訳では、「私たちは神様の尊い資産となった

 と書かれております。将来私たちが神様に属する者となるという意味があります。最初は神に属する者でしたが、その地位を途中で失い、救われ、最後に完全に神様に属する者となります。聖霊がその証印となりました。聖書に書かれている通り、約束の聖霊を持って、証印としました。私たちはイエス様を信じて、聖霊を与えられているので、これによって神様に属する者だということが証明されるので、神様を賛美します。

 クリスチャンにもしるしがあります。私たちが成長すればそのしるしがもっと大きくなります。もし、聖霊の影響が大きくなれば、ますます啓示が与えられでしょう。キリストのしるしがあれば、キリストの者であり、それがないならば、キリストに属さない者です。キリストの聖霊が私たちの上にあるので、これがキリストに属しているしるしとなるのです。将来、私たちが裁きの座に立たされた時にこのしるしといのち書を照らし合わせるでしょう。裁きが終われば、私たちは完全に神様に属する者となります。

 私たちが神様を賛美する時に、この3つのことを考えることができますように。

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