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「 神の国」 

2008 / 03 / 30            

講師  姜寶陞牧師  
聖書箇所  ヨハネ18:33-37     
記録  岡部正敏   
 

 すべてのクリスチャンは神の国にいます。ピリピ人への手紙は、私たちのことを天の国の民と呼んでいます。すべてのクリスチャンは天国の公民です。私たちはみな二重国籍を持っています。ですから、神の国とクリスチャンを分けることはできません。神の国は霊的な国です。イエスキリストが来て建てた国は世俗的な国ではありません。イエスは幾度も強調していました、「私の国はこの世に属していません」。だから、いかなる国も政治家も安心してよいのです。どうしてキリスト教に安心できないのでしょうか? 

聖書では、政府に従いなさいと教えています。偽のクリスチャンでなければ、一人のクリスチャンは必ず良い公民です。イエスキリストは政治的な国について何の興味も持ちません。彼が来られたのは、神の国を建てるためです。それは霊的な国です。彼は政治的な王になる機会がありました。多くの群集は彼を支持したのです。彼は大いなる力、リーダーシップを持っていました。魅力的でした。私たちは魅力ある人を見るとすぐに従ってしまいます。彼は民心の支持を得たのです。ある日、群衆は無理やりに彼を王としようとしました。

今、多くの人は王になりたくても機会がありません。彼は力も機会もあったのです。彼はユダヤ人の民族主義の気持ちを煽ることもできます。しかし、彼は、それらの機会を放棄したのです。彼は世俗的な誘惑を退けたのです。そして十字架につけられました。「シーザーの物はシーザーへ、神の物は神へ」。政治的なものと宗教は分離するものです。個人的には政党に入り、政治活動に参加することができます。しかし、教会の立場としては政治に参加しません。イエスは福音のために、贖いのために来られたのです。政治革命のために来られたのではありません。彼は平和の王、天国の王であって、政治的は何の関係もありません

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