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先週は創造について話しましたが、今日の箇所も、先週のメッセージと深い関わりがあります。私たちはこの造られた大自然と、どのような関係を持つことが出来るでしょうか。この大自然は神様が造られ、到る所でその栄光が表されています。私たち人間は、この大自然と共に生きていくという考えを持たなければなりません。現在、その大自然が破壊されている中で、私たちクリスチャンはどのような役割を果たすべきでしょうか。
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神様は、私たち人間に自然界の管理をさせる任務を与えられました。人間のみが神の似姿にかたどって造られたのです。神の似姿とはどの様なものでしょうか。モーセ5書によると、霊的な命、理性、理解力、知能、道徳意識、宗教意識、これらが人間が持つ特質であると理解できます。神様の形とは、人間の中にある全ての動物を超えた性質のことです。人間の力は牛や馬には及びませんが、牛や馬は人間によって管理されています。他の創造物についても同じことが言えます。神様はこの世界を開発する任務を人間に与えられました。しかし、後に人間は完全に堕落してしまい、自分が自分の主になろうと自分勝手な行動をして、神様から遠く離れてしまいました。現在、自然界は人間の力によって破壊されています。この様な事は神様の御こころではありません。人間の利己主義によってなされた結果であります。クリスチャンはリーダーシップを取り、この様な結果に対する責任をとらなければなりません。
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神様は、私たち人間にこの自然界を楽しませたいと思っています。これは神様の普遍的な恵みです。この自然界には神様の豊かさが満ちています。日を照らし、雨を降らせ、実をならせます。これによって私たちの食べ物、飲み物が作られます。すべては神様が私たちのためにもたらしたものであり、すべて神様の恵みです。ですから、私たちが大自然を見るとき、神様に感謝しなければなりません。しかし、人間がそれを破壊しました。大地は汚染され、山や川も本来の姿ではなくなろうとしています。私たちは悔い改め、神様が与えてくださったこの地球の大自然をしっかり管理しなければなりません。
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31節には、「非常によかった」と書かれています。神様は宇宙万物を創造され、それは「非常によかった」のです。しかし罪が入り、自然界は呪われてしまいました。「よかった」の元々の意味は「きれいでよかった」です。この自然界はバランス良く、きれいに造られました。すべての花、草、白い雲、すべてに飾りをつけられました。私たちは神様が造られた美学の領域に入らなければなりません。宇宙万物は神様の栄光と手段を表しています。神様が創造されたこの大自然を愛しましょう。神様が造られた大自然は私たちの心に平安を与えます。エデンの園は元々きれいな場所でしたが、人間の堕落によって荒らされ、文化使命の歪みが生じ、様々な問題が発生しました。クリスチャンにとって重要な使命は福音を伝えることです。イエスキリストは、私たちクリスチャンにこの使命を与えられました。十字架の贖いの後、復活があり、新しい天地に入る望みがあることを伝えなければなりません。十字架の真理を通して、世界人類に本当の望みをもたらすことが出来ます。
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