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「生涯でのすばらしいこと」 

2008 / 01 / 06            

講師  黄朱倫牧師  
聖書箇所  マルコ14:3-9  
記録  松澤政彦   
 

 私たちの人生でどれだけ素晴らしいことと呼べることがあるのでしょうか。結婚,学校を卒業した時,又は良い仕事を得た時かもしれません。これらのことは私たちにとって良いことです。ではイエス様の目から見て素晴らしいこととはどの様なことでしょうか?

 マルコの福音書14章3節,イエス様はある日ベタニアでシモンの家におられたとき,食卓についていると一人の女が,純粋で非常に高価なナルド油の入った石工のつぼを持ってきて,そのつぼを割り,イエス様の頭に注ぎました。当時の生活のレベルからしてみると一般の人が年収をもって買うことができるものです。何人かの者が憤慨して互いに言いました。「何のために香油をむだにしたのか。」8節でイエス様は言われました。「この女は自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと私のからだに前もって油を塗ってくれたのです。」ユダヤ人の風習では亡くなった人の体に香油を塗ったりします。そして麻の布でくるみ埋葬します。もし私たちがその時代に生きていたら愛する人を亡くしたとき純粋で高価な油をもって体を塗ってあげるでしょう。イエス様は世の人のために死なれたのです。イエス様の死は私たちの罪を洗い清めてくださいます。永遠の命を得ることができます。素晴らしいイエス様を埋葬するために私たちの全てをささげることは無駄ではありません。私たちは人生をかけて素晴らしいものをささげたことがあったでしょうか。私がアメリカに在住していた時ある女性が自分をささげて伝道者になりました。彼女の収入は以前の仕事の三分の一にも満たないでしょう。しかし姉妹は「私のしていることは最も価値があることだと。」言っていました。私たちは神様を信じイエス様に愛しささげることは人生の中で最も素晴らしいことです。

 4節、周りの人たちは憤慨して「この香油なら貧乏な人に施しができたのに。」とその女を責めました。7節でイエス様は言われました,「貧しい人たちは,いつもあなたがたといっしょにいます。しかし私はいつまでもあなたがたといっしょにいるわけではありません。」イエス様は十字架につけられこの世から離れられるということです。イエス様に近づきたくてもチャンスは無くなります。この女はイエス様に油を注ぐチャンスを捕らえたのです。イエス様は私たちに教えようとしていることはチャンスを捕らえて奉仕をするということです。チャンスを捕らえることに敏感な人は短い人生の中でイエス様に使えることを大事にするでしょう。チャンスを捕らえて奉仕をしたならば私たちの想像を超えた恵みがあります。私はケンブリッジで研究活動に没頭していた時チャンスを捕まえて研究しながら中国人の教会を建てることができました。去年7月に私は北京でかつてケンブリッジ大学での同僚であったあるご夫婦と食事をしました。彼らの二人の姪に伝道しました。彼女達はイエス様を信じました。たった一回のチャンスであったけれども神様は用いてくださいました。

 皆さんも残されている人生をイエス様にささげることができますか。イエス様にもう一度祈ってください。「主よ,もう一度私自身をあなたにおささげします。私の人生の中であなたによって素晴らしい出来事に満たされますように。」自分自身をイエス様にささげるのです。私たちを通してイエス様の栄光が現されるように願ってください。

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