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第一コリント人への手紙は13章は愛の詩篇とも言われています。8節では「愛は決して絶えることがありません」と言っています。「絶える」ということは、「枯れる」と言い換えてもいいのです。花は必ず落ちます。枯れます。しかし、愛は色褪せることがありません。来週は新年になります。この一年間、私たちは神の恵みが十分であったことを経験しています。13節に、「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」とあります。それでは、なぜ愛がもっともすぐれているのでしょうか? 私たちが天国に行ったとき、信仰と希望は不要になります。なぜなら、私たちは自分の目で見ることになるからです。愛は永遠に絶えないものです。愛には友の愛、男女の愛、
アガペの愛があります。アガペの愛は聖なる愛とも言えます。神に属する愛です。神は愛です。人間には憎しみがありますが、神の愛によってそれを溶かすことができます。神の愛に浸っていれば、神に近づくことができます。神に近づくにはどうしたらよいのでしょうか? 祈り、信徒との交わり、励まし、集会に参加する、歌の美しさに触れる、聖書の聖句によってなどです。聖霊は愛を満たしてくれます。
ルーマニアのある谷にはたくさんのいろいろなバラの花で満ちています。そこに行った人はバラの香りが服に満ちます。神の愛のなかにいれば、私たちは神の香りがするようになります。心の満足をもたらしてくれる恵みは必ずしも物質だけではありません。物質だけでは満足することはありません。神の愛があるときは本当の満足がありますが、物質には飽きがきます。ローマ人5:5には「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」とあります。神の聖霊を通して、聖霊が私たちの内に住んでくれるからです。聖霊に満たされると満足感があります。まことの愛は私たちを守り、躾けてくれます。愛によって神に鍛えられるのです。悔い改めがあれば、必ず神の愛が包んでくれます。
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