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ミカ書は預言書であり、イエス様について語られています。旧約聖書においては、イエス様に関する記述が90か所以上、間接的なものも含めると300か所以上もあります。これらのことは、イエス様の上にすべて成就されています。偶然ではありません。なぜならば、すべては神様が備えられたからです。ミカ書はおよそ2700年前に書かれました。すなわち、イエス様が生まれる700年前です。今日は、成就された預言について学びたいと思います。
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支配者はベツレヘムで生まれる(ミカ5:2)
この預言は、マタイ2:6でも同じように語られています。この預言は当時の支配者ヘロデ王を非常に驚かせました。のちにイエス様は捕えられたとき、ピラトの前で身分を否定しませんでした。すなわち、あなたは王か、との問いに、そのとおりだと答えたのです。ここで明らかにしておきたいことは、王とは、政治的なものではないということです。ユダの民はイエス様に王になってほしい、そしてローマ帝国と戦いたいと望んでいましたが、イエス様は山の中に逃げこみました。なぜなら、イエス様がなろうとしているのは天国の王であり、全人類を救うため、十字架につけられるために生まれたからです。
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彼の力が地の果てまでおよぶ(ミカ5:4)
現在、世界のいたるところに教会があります。世界の25億もの人がイエス様を信じています。今までこのような王が他にあったでしょうか。
マリアがイエス様を身ごもったとき、彼女はベツレヘムではなくイスラエルの北の方にいました。それなのに、危険を冒してベツレヘムへと南下したのはなぜでしょう。預言は成就されなければならないからです。時のローマ皇帝アウグストは、人口調査の命令を出しました。すべての人は、自分の故郷に帰らなければなりません。このことが、預言を成就させました。王の心でさえ、神の御手にあるからです。神こそが歴史の主であり、すべての元、原因を支配しているのです。私たちに見えているのは表面的なものであり、背後のものは神の手に握られています。こうして、皇帝アウグストをとおして預言は成就されました。イエス様という王が出ることは、時間の始まる前から定められていたことなのです。イエス様は世界だけでなく、一人一人の生活もつかさどっています。クリスチャンは、安心感を物質からではなく信仰から得ることができ、正しい見方ができれば、不安から立ち上がることができるのです。
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はじめから王であったメシアが与えるものは平安である
イエス様の降誕に際し、救い主として信じることができるなら、心の中から平安を感じ取ることができるはずです。さまざまな環境において、イエス様を頼ることで、本物の平安が得られるということが、神から与えられた最も大きな祝福はではないでしょうか。そして、私たちは困難の中でも力と望みを持つことができ、生活の中の苦しみや不安から解放されます。これが、イエス様が来られた目的です。
イエス様の降誕を祝うとき、教会の温かさを感じるだけでなく、大事なのはイエス様を心の中に迎え入れることです。そうすることで、イエス様が与えようとしている永遠の命とつながり、人生に変化がもたらされます。イエス様を通して真理を知り、前進する力が与えられ、人生の価値を見出すことができるようになります。
イエス様と、生涯を通して親しい関係を結びたいですか?それは、イエス様の前でどのような態度でいたいかに関わってきます。どうか、イエス様の与えてくださる本物の平安の中で生きることができますように。 |