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本日のメッセージのタイトルは「聖別する」ですが、この世とは分かれているという意味です。イエス様はご自分の属する群れを罪と悪の国からご自分の国、聖い国に移しました。クリスマスの意義は救い主がやってきて、人を罪と悪から救い出すことです。「世」とは物質のことではなく、人間が造り出した世界です。その「世」とは、人の思想と文化が世界の基となっております。
「この世」とはどんな世界でしょうか?Tヨハネ5:19「全世界は悪い者の支配下にある」と書かれております。エペソ書ではこの世界を暗闇の世界と言っており、神様の国と敵対する関係にあります。サタンの支配下にあった国から助け出された私たちは大きな違いに気づくと思います。これが「聖別」されるという意味です。この世から救い出され、イエス様に属する者となるのです。新しい命が誕生する時に、新しい命は活発に活動しようとします。それと同じように私たちがクリスチャンになった時に、私たちの新しい命が活発に活動しなければなりません。ですから、私たちの生活が、以前の生活と同じではいけないのです。以前行っていることを終わりにして、新しい生活をしなければなりません。クリスチャンは聖別されるという体験をしなければなりません。
以前私たちは、この世を愛しており、父を愛する心はありませんでした。以前は自分自身をより頼み、自分を誇り、神様を辱めることをしてきました。イエス様を知り、そのような世界からこの世に属さない国に救い出されましたが、依然として、この世にはもう一つのイエス様と敵対する国が存在するのです。
クリスチャンが聖別されて、この世の人とは違った歩みをしなければなりませんが、私たちはどのようにすべきでしょうか?クリスチャンはこの世を愛してはいけません。もしこの世を愛するならば、父を愛する心はないのです。この「世」のものとは、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢です。クリスチャンになる前に私たちが普通に行っていることは神様の喜ばないことばかりです。ですから、すべての偶像礼拝をやめ、過去の間違った行い(情欲、汚れ)から離れなければなりません。
それでは、どのように神様に似た者となることができるのでしょうか?ローマ8:2「いのちの御霊の原理が罪と死の原理からあなたを解放したのです」。ですから、クリスチャンの内に御霊が住まわれるので、御霊によってそのような試みに打ち勝つことができるのです。クリスチャンは自分自身の力に頼るのではなく、御霊により頼んで罪と悪に打ち勝たなければなりません。
パウロは彼の手紙の中で自分の罪にどのように対処したかを書いております。Tコリント9:26-27「・・・私は自分のからだを打ち叩いて従わせます。それは私が他の人に宣ベ伝えておきながら自分自身が失格者になるようなことのないためです」。パウロは全身全霊で伝道しておりましたが、彼は内側から変えられなければならないことを知っておりました。彼は自分の体を打ち叩いて従わせており、非常に自分自身に厳格な人物でした。
私たちが罪を犯した時に、私たち自身に対して甘いのです。ですから、もう一回だけと言いながら、何度も同じ過ちを繰り返してしまいます。マタイ5:28-29にあるように、もし目が罪を犯せば目をえぐり出し、手が罪を犯せば手を切るのです。私たちは何度もイエス様と力を合わせ、罪と悪から離れなければならないのです。どうか、この世にあって、私たちが聖別された者として、光り輝くことができますように。
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