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宿屋には居る場所がなかった」 

2007 / 12 / 02            

講師  榊原寛牧師  
聖書箇所  ルカ2:1-7  
記録  榎戸清美   
 
今週はアドベント第2週です。聖書のクリスマスですが、当時はローマ帝国の支配下にあり、皇帝アウグストから人口調査をするよう命令が下りました。ローマ政府は、ユダヤ人がどこに、何人いるのかを調べるために、調査を行う必要がありました。その理由は、税金徴収と、今日でも発生するテロの制圧のためであると言われます。人口調査はそれぞれの出身地で行われたため、ヨセフもマリアを連れて、自分の出身地であるベツレヘムに出かけていましたが、そこにいる間にマリヤはイエスキリストをお産みになりました。
  1. イエスキリストは私たちと同じ様に、人となってこの世に来られたのです。私たちの罪の身代わりになるために全ての点で私たちと同じになられました。それは、ご自身が試練の人生を生きて苦しまれたからこそ、試練の中に生きている人を助けることが出来るためです。イエス様がこの世に生まれた場所は暗く、汚い飼葉おけの中であり、最期は、弟子たちに裏切られ、人々にののしられ、十字架に掛けられました。それは、私たちが人生の中で出会う様々な苦悩を引き受けるためです。イエス様は「空の鳥はねぐらがある、狐は穴がある、しかし、自分の人生にはゆっくり休む場所がなかった」と、言われました。ご自身がこの様な人生であったからこそ、私たちの苦しみをしっかり受け止め、十字架を一緒に背負うことが出来るのではないでしょうか。

2.飼葉おけとは、石をくり抜いて出来たものです。イエス様が寝かされた場所は硬くて冷たいものでした。また、汚れた汚いものでもありました。その様なところにイエス様は入られたのです。パウロはこう言いました。「イエス様の真理が私の心に生きています。今まで私のうちには、怒り、憎しみ、神を拒絶する心、冷ややかな自我が住んでいましたが、イエス様はすべてをご存知で、私のうちに生きておられます」私たちが頑なで、汚い、罪深い心を持っていても、イエス様は私たちの中に喜んで入って下さいます。クリスマスは、イエスキリストが飼葉おけで生まれたと同時に、私たち1人1人の心の中に生まれてくださった日ではないでしょうか。マタイ福音書にある「インマヌエル」とは「神がわたしたちと共にいる」という意味です。神様は、私たちが目で見たり触ったりすることは出来ません。しかし、神様は私たちに見える姿でこの世に来られました。それがクリスマスです。「見よ、わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ28章20節)イエス様は世の終わりまでも私たちと共にいて下さいます。 
 

今日でもイエス様の居場所を与えない人がどれほどいるでしょうか。今日、心の扉を開けて、主をお迎えしましょう。そこにはイエス様の祝福、癒し、希望、多くの恵みがあるからです。

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