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今から2800年前に、イスラエルの隣国にアラムという国があり、ナアマンという将軍がおりましたが、今日は彼がどのように神様の祝福を受けたかをご一緒に見てみたいと思います。
1節、ナアマン将軍は、主君にも重んじられており、非常に恵まれた人でしたが、不治の病らい病にかかっておりました。2節、この家にはイスラエル人の奴隷の若い娘がおり、彼女はナアマンの妻に仕えておりました。彼女はまことの神様を信じ、日常生活においても神様を信じる良い証しの生活をしておりました。彼女は主人であるナアマンが苦しんでいるのを見て、預言者エリシャの所に行けばきっと病いを癒してくれるでしょうとアドバイスしました。
ナアマンは謙遜な心を持って、この奴隷の娘の提案に耳を傾けました。早速、ナアマンはアラム王の所に出向き、このことを報告しました。アラムの王様はイスラエル王への手紙を書いて、彼に持たせました。ナアマンはたくさんのお土産を持ってイスラエルに出かけました。
7節、ところが、イスラエル王はこの手紙を読んで非常に驚きました。彼は隣国アラムが自分の国に戦争を仕掛けてきたと誤解しました。この噂さはイスラエル中に広がりました。エリシャはイスラエル王に使いを送り、ナアマンを自分の所に来るように言いました。ナアマンはエリシャの所にやって来ました。
しかし、エリシャは、ナアマンに会おうとはせず、彼に使いをやり、「ヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい」と言いました。この言葉を聞いて、ナアマンは非常に怒りました。ナアマンの将軍としてのプライドは、非常に傷つきました。彼はわざわざお土産を持って出かけたのに、預言者エリシャは、彼に会おうとせず、またヨルダン川のような小さくて汚い川で身を洗えと言われ非常に愕然としたのです。彼は怒って、自分の国に帰ろうと思いました。
13節、彼の賢い僕たちはナアマンに「難しいことではないでしょう」と将軍のプライドが傷つかないようにアドバイスしました。彼らはこの病気が治るためにはナアマンの地位も業績も何の役にも立たないことを知っておりました。しかし、この預言者が言った簡単なことに従えば、彼の病いが癒されることを信じたのです。そこでナアマンは僕たちの意見を聞き入れて、川に行き、7たび身を浸しました。そして、彼の病いは癒されました。ナアマンは神のことばを信じて、従ったことにより、彼の病いは癒されました。
今日の箇所を通していくつかのことを学ぶことができます。神様はある人にある人を助ける賜物を与えています。
ナアマンがよくなるためには助け手が必要でした。最初は彼の家にいたイスラエル人の奴隷の少女が用いられました。彼女は日常生活において良い証しの生活をしていたので、ナアマンが彼女の言うことに従ったと思われます。ですから、私たちは家庭に於いて、職場に於いて、学校に於いて、クリスチャンのいない所で、神様に従って、良き証しの生活をしなければなりません。
この少女は病いに苦しんでいる将軍を助けたいと思いました。Tコリント12:27-28、「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりが各器官なのです。・・・」。28節、教会の中では「教師」のように信徒を導く奉仕も必要ですが、「助ける者」のように目立たない奉仕、食事の片付けや清掃、美化、受付の奉仕も必要です。
次に、彼の僕たちが用いられました。彼らがナアマンにアドバイスしなければ、将軍は神様の祝福に預かれなかったのです。彼らは謙遜に彼らの主人であるナアマンが神様に従うことができるように助けました。ですから、私たちは自分の上司や目上の人にまことの神様を紹介したいと思います。
最後に、ナアマンについて学びましょう。まず、ナアマンは自分の神様よりもイスラエルの神に従う、そういう決断が必要でした。彼は謙って、プライドを捨て、イスラエルの神に従いました。Tペテロ5:6、「神の力強い御手の下にへりくだりなさい」。みことばに従うことによって、彼の病いは癒されました。もし、私たちが神様の前にへりくだるなら、神様は私たちに祝福を与えて下さいます。 |