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今日の箇所はイザヤ書14章と対照して読むべきです。エゼキエル28章は表面上ではその当時一斉風靡したツロ王に関して書かれており、イザヤ14章は当時のバビロン王について書かれております。これはすべて歴史上のことですが、聖書は表面的なことだけを読み取るのではなく、奥深く追求する必要があります。この箇所でツロ王とバビロン王の傲慢な態度の中にサタンが潜んでいることを教えております。彼らの背後にサタンいて、彼らをコントロールしております。「サタン」の意味は神に対しての反逆者です。
13節「あなたは神の国、エデンにいて」、14節「神の聖なる山に置いた」、この箇所はただツロ王について指しているのではありません。ツロ王の背後にいるサタンの業について書かれているのです。聖書は啓示的な書物で、罪の源について語っております。聖書ではすべての苦しみの源、罪の由来は全部サタンから来ていると言っております。神様は天使長、天使たちを造りましたが、サタンを創造しませんでした。しかし、天使長が神様に反逆して初めてサタンになり、神様に敵対する霊的な世界の一番重要なリーダーになってしまったのです。これが苦しみと罪の由来です。この聖書箇所ではサタンの由来について語っており、イザヤ書14章も同様です。サタンは天使長でありましたが、彼が堕落したのです。神様が造られたものはすべて良い物です。「良い」という言葉の中に美しいという意味があります。神様は偉大な芸術家であり、美しい宇宙を創造しました。天使長はその中でもさらに美しい存在でした。
イザヤ書14:12、「暁の子、明けの明星」と形容しております。ラテン語の「明けの明星」はルシーファです。「ルシーファ」とは、光輝く者という意味があります。彼は光輝く者として神様に創造されました。エゼキエル28:15、彼は美しいだけでなく、創造された時に完全でした。しかし、完全というのは、神様の完全さとは違います。神様の完全さは絶対的な完全であり、天使長の完全は相対的な完全であり、堕落する可能性がありました。彼は創造された時は完全でしたが、後に堕落しました。
どうして、天使長は神様に反逆したのでしょうか?17節、「あなたの心は自分の美しさに高ぶり」、元々の罪は傲慢でした。ですから、あるクリスチャンの霊的な命をテストをする時に、その人が聖書知識を持っているかではなく、その人の命がどれだけ変えられているかで見ることができます。信じることは幸いな条件です。信じることになって、初めて聖霊の助けがあります。キリスト教は信じることから始まり、私たちが信じるのは理解するためです。私たちが信じて、初めて聖霊様が私たちの心の中に入り、私たちの命を変えて下さるのです。
天使長は美しいことによって、心の中で傲慢になりました。傲慢は堕落の一番の原因です。確かに、美しいことは罪ではありませんが、自分が美しいからと言って、他の人を見下し、傲慢になってはいけないのです。
イザヤ書14:13-14、「私は天に上ろう。・・・いと高き方のようになろう」。天使長が堕落した時の心の状態でした。ここに5つの「私は・・・」とあり、彼は神様の御心を求めませんでした。彼は「いと高き方」のようになろうとしました。これ程すばらしい天使長だったのに、彼は堕落しました。黙示録では、彼は三分の一の天使たちを連れて、神様に反逆したとあります。これは霊的な世界の大きな変化でした。それで、この世界は非常に乱れて罪に満ちました。しかし、神様は彼らを天から地上に落としました。彼らの結末は硫黄の火の湖です。即ち、地獄です。結論、悪霊たちは最終的には神様によって火の湖に落とされます。正義は必ず悪に勝利致します。 |