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ヨセフは、神にたいへん用いられた人でした。彼は、当時の大帝国エジプトの指導者になりましたが、それまでに神から訓練を受けました。彼は忍耐し、そしていつも希望を持っていました。どんなにつらい環境に置かれてもそれを乗り越えました。私たちも神に用いられるためには、訓練を受けなければなりません。
ヨセフの家庭環境は幸せではありませんでした。自分の家庭にも混乱があって、神様の働きができないと思っている人がいるかもしれませんが、家庭に大きな問題があったヨセフは神に大いに用いられました。創世記37章をみると、ヨセフには4人の母がいました。これが混乱の元になりました。彼の10人の兄の母は、彼とは違う母親でした。父親のヤコブは兄弟の誰よりもヨセフを愛し、えこひいきをしました。このため兄たちは皆、ヨセフを憎みました。ヨセフの信仰は一番強いものでした。聖書のない時代、神は将来のことを夢によって教えることがありましたが、神はヨセフに、彼が将来リーダーになるという夢を与えられました。この夢は彼の希望でしたが、ヨセフを憎んだ兄たちは、ヨセフをエジプトへ行く商人に売り飛ばしてしまいました。
ヨセフは、エジプトで奴隷になりました。今の自分は奴隷のようだと感じている人がいるかもしれませんが、ヨセフは本当に奴隷でした。ヨセフは神を信じていたので、神はヨセフを祝福しました。彼は、目の前の人に忠実に仕えました。39章2節に、神様はヨセフとともにおられたので、とあります。たとえ私たちが奴隷となっても、神は私たちとともにいてくださいます。やがてヨセフの主人は自分の全財産を管理させるようになりました。兄を怨まず、目の前の主人に忠実に仕えた結果、彼は奴隷から管理人になったのです。これは彼が将来エジプトのリーダーになるための、管理の訓練です。主人の家の財産すべてを管理し、やがてはエジプトの財産すべてを管理するようになるのです。そんな彼の目の前にはお金の誘惑があり、不正を行おうと思えばいくらでもできましたが、ヨセフは忠実に管理しました。次には、性的な誘惑がありました。主人の妻は悪い人で、体格が良く美男子だったヨセフを誘惑しました。ヨセフは神と共に歩んでいたので、罪を知っていました。私たちも神の仕事がしたいのならば、この誘惑を避けなければなりません。この妻がヨセフに迫ったとき、彼は逃げました。妻が嘘をついたため、無実のヨセフは囚人がいる監獄へ入れられました。何も悪いことをしていないのに、犯罪者のように扱われることがあるかもしれませんが、がっかりしてはいけません。神は私たちがどこにいても、共にいてくださいます。やがて監獄の長は、すべての囚人を彼に預けました。これも、ヨセフへの訓練でした。人を治める訓練です。ヨセフには、将来の希望があったので、忍耐して忠実に仕えました。こうして彼は監獄のリーダーになりました。そして、ャンスがやってきたのです。王の献酌官と調理官が投獄されてきました。ヨセフは、二人が見た夢は、献酌官が元の地位に戻され、調理官が吊るされることだと解き明かしました。ヨセフは献酌官に、自分は無実だから解放してくれるよう話してほしいと頼んでいたので、解放されることを期待していました。しかし、献酌官はヨセフのことを忘れてしまいました。ヨセフは、そのことに気づき、がっかりしました。ふつうなら自棄になってしまうところですが、ヨセフはなおも忍耐しました。私たちも、目の前にある素晴らしい希望が消えてしまうことがあります。神はなぜこの希望をヨセフから取り去ったのでしょうか。それはまだヨセフに忍耐の訓練が必要だったからです。ヨセフはなぜ耐えることができたのでしょう。彼の目の前から小さな希望が取り去られましたが、もっと大きな希望があり、彼はそれを見ていたからです。私たちの大きな希望とは何でしょう。ピリピ3章20-21節にあるように、天国に国籍を持つことができるのです。これは、イエス様を信じたときに与えられる、永遠に続く希望です。
私たちは、ヨセフのようにこの変わらない希望に目をとめましょう。Iペテロ5章10節には、永遠の栄光の中に招いてくださる神ご自身が、しばらくの苦しみの後で私たちを完全にし、不動のものとしてくださる、とあります。神の働きをする人はみな、神の訓練を受けます。家庭の混乱、奴隷の状態、囚人の状態にあっても、ヨセフのように忍耐し続け、永遠の希望に目を留めるとき、私たちは神に用いられることができるのです。 |