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エーゲ海岸での対話」 

2007 / 07 / 22             

講師  姜陞寶 牧師   
聖書箇所  使徒17 : 1631  
記録  磯川智子   
 

 この聖書箇所は、パウロがアテネに行き宣教した過程を記録した、非常に有名な箇所です。アテネは、エーゲ海のそばにある、美しい町です。古くから哲学の町と呼ばれていました。ここから、福音がどうやってヨーロッパに入っていったかを見ていきたいと思います。

 いま、ギリシアの人々はほとんど皆ギリシア教会に属しています。これは、キリスト教の一つの宗派です。パウロがアテネには行った時の状況はどうだったでしょうか。パウロが見たのは、いたるところにある偶像礼拝です。聖書にはパウロの心が焦っている、憤っていると書かれています。すなわち、パウロの心の中に神の愛があるのがわかります。アテネの人々が滅亡への道を歩んでいくのを見たくないのです。またパウロは、福音に対して強烈な使命感を持っています。この二つの心が欠けていれば、焦りも憤りも無いでしょう。しかし彼は、神の愛により、アテネの人に関心を持ったのです。

 パウロは、福音の本拠地を探す力に長けています。橋頭堡(きょうとうほ)という言葉があります。これは、敵の陣地に入り込んで、そこに自分の本拠地を作ることをいいます。パウロは、福音の橋頭堡をよく作りました。町に入るとすぐに会堂へ行きました。そこにはユダヤ人がたくさん居ます。そこでパウロはイエス様の福音を伝えました。また、人がたくさんいる広場に行きました。同じように伝道しました。また、アレオパゴスという議会に行って福音について対話をもちました。パウロは一般の人に対しても、知識者に対しても、福音の対話をしています。17節では、論じた、とありますが、これは言い争うのではなく、対話です。対話(ダイアログ)とは、掛け橋を作って、お互いにコミュニケーションすることです。パウロは、ストア派の言葉を知っていたので、これによって共通の議題を作りました。私たちが福音を伝える時にも、相手との共通の議題を作りましょう。そして、少しずつ、イエス様のほうへ導いていくのです。このようにパウロは、福音の橋頭堡を作るだけでなく、対話の機能を作ることもできました。パウロは、当時の有名な哲学学派に会いました。エピクロス派とストア派です。エピクロス派は快楽主義を主張しています。人間が一番追い求めるのは心の喜びだと考えています。ストア派は非常に高い倫理観を持っています。欲を捨てて、天の理を心の中に入れるという考えです。パウロは彼らにイエス様の復活について話し、彼らを少しずつ、永遠に生きる神様へと導いたのです。パウロは西洋の哲学についてよく知っています。神様は、そのパウロをアテネに遣わしました。パウロだからこそ、この哲学者たちと対話ができたのです。彼は、いろんな知識者に対して福音伝道をしています。霊的であることはもちろん重要ですが、豊かな知識をもつことは、伝道において非常に有効です。知識者は、社会に対して大きな影響があります。パウロは私たちにすばらしい模範を立ててくれました。彼は、哲学の町に勇気をもって福音を伝えました。人に作られた偶像ではなく、宇宙万物の創造主である神様をアテネの人に伝えたのです。

 パウロはまた、神様はいのちの維持者であると紹介しました。偶像は、私たちを守ることはできません。私たちは神の中に生き、動き、また存在しているのです(使徒17:28) また、私たちの神様は、死に打ち勝った神様です。死は、人間の一番の敵、のろいです。どんな人も逃れられず、破壊することはできません。イエス様のみがこの死に打ち勝ったのです。このイエス様を信じることで、私たちは新しいいのちを得ることができるのです。私たちはこの偉大な神様とどうやって関係をもつことができるでしょう。悔い改めて、イエス様をうけいれるのです。いのちの源と結ばれるのです。完全な、有意義ないのちをもつことができるのです。これは一番大きな対話です。アテネは、イエス様を信じました。東京も、同じ結果を得ることができますように。

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