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先週はイースター礼拝でしたが、今日の聖書箇所に全能の神の力がイエス様を復活させたと書かかれております。私たちもイエス・キリストを信じる時に、神の全能の力を受ける事ができるのです。
エペソ1:18、「あなたがたの心の目がはっきりと見えるようになってほしい」、すなわちパウロは私たちにもっと理解して欲しいと2つのことを願っておりました。
1.一つ目は神の召しによって与えられる望みはどのようなものか?
私たちはイエス・キリストを信じると望みを持つことができます。私たちは人生において望みがないと生きていけません。18後半「聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか」、「聖徒の受け継ぐもの」を違う言葉で言うと、遺産です。イエス・キリストを信じる者は遺産を受け継ぐことができます。この遺産は天国で与えられます。私たちは悲観的な、失望の時代に生きておりますが、神様が与えて下さる望みをいただくならば、信仰者が受け継ぐ遺産を知るならば、私たちはどんな時代であれ、明るい心を持って生きることができます。
2.神の全能の力の働きにより、信じる者に働く神の偉大な力を知ることができるように(19節)。
神の力は全能な力です。「力」はギリシャ語で「ドゥナミス」という言葉が使われております。この言葉はダイナマイトのもととなっている言葉です。神の力はダイナマイトよりももっと大きなものです。エネルギーはギリシャ語ではエネルゲイアと呼ばれており、エネルギーのもととなることばです。ですから、聖書の中で神の力はダイナマイトやエネルギーと言われております。これは神の全能の力がどんなに大きなものであるかを意味しております。
神様はその全能な力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中から蘇らせたと書かれております(20節)。イエス・キリストを蘇らせたのは神の全能な力によるのです。神様はただ一人無から有を生み出すお方です。イエス様は神の御子であり、キリストは神なので、ご自分で蘇ることができましたが、神様がイエス様を蘇らせたと書かれております。それは、イエス様はこの地上に来られた時に、すべてのことの模範となって下さったからです。
イエス様の復活はこれまでのラザロのような人間的な復活ではなく、もう死ぬことの無い栄光の姿を持って蘇られ、天上でご自分の右の座に着かれました。そこで私たちのためにとりなしの祈りをしておられます。そして、「すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました」(21節)と書かれております。イエス様はすべての権力の上におります。
19節、「信じる者に働く神のすぐれた力」と書かれておりますが、このすばらしい力を私たちも受ける事ができます。
パウロは、エペソ6:10「大能な力によって強められなさい」と言われました。私たちは毎日の聖書を読み、祈ることを通してサタンの誘惑から守られます。私たちは、知らず知らずのうちに神様の全能の力を受けております。また、特に私たちは奉仕する時に祈る必要があります。心を静めて祈る時に、神の力が与えられるからです。
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