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道は心の中にある

2007 / 01 / 28             

講師  姜寶陞牧師  
聖書箇所  詩篇119:97104         
記録  磯川智子  
 

 詩篇119篇は聖書の中で最も長く、176節あります。しかし、そのポイントは神のみことばは重要であるということただ一つです。この箇所においては、律法、命令、仰せ、戒め、さとし、定めなど、いろんな言い方をしていますが、これらはすべて神のみことばをあらわしています。この箇所を見ると、私たちの一生の中で神のみことばを守る、聞くということが一番重要であることがわかります。神のみことばしか、人間に知恵を与えることはできません。神のみことばは、人生観や価値観を変えることができます。そして、心の中に神のみことばの真理を持っていれば、誘惑されることもないのです。クリスチャンが成熟しているかどうかは、霊的にどうかということで見ることができます。教会で熱心に活動をしているかということでなく、その人が神のみことばを求めているか、また、人生観や価値観が神のみことばによって変えられたかが重要なのです。霊的であるということは、神のみことばに基づいて考えることができると言うことができるでしょう。

 神のみことばには、なぜ力があるのでしょう。それは、詩篇11996に  私は、すべての全きものにも、終わりのあることを見ました。しかし、あなたの仰せは、すばらしく広いのです。 とあるとおりです。すばらしく広いとは、限りがない、時間や空間の制限を受けないということです。私たちは、どの世代においても基準であり、尽きることのない神のみことばを学び、それ守って行動していかなければなりません。

 では、神のみことばの能力がどんなものであるか見ていきましょう。
T 詩篇11998 あなたの仰せは、私を私の敵よりも賢くします。
人生のどんな状況においても、私たちはみことばから知恵をもらうことができます。聖書には、神様の啓示と知恵が書かれています。私たちは、聖書をよく勉強することで、聖書から特別な知恵をもらえるでしょう。知恵と知識は異なります。知恵には、わきまえがあります。勉強、仕事、人間関係など私たちの人生においては、知恵がたくさん必要です。これらは、神の真理からもらうことができるのです。人間の知恵には限りがあります。

U 詩篇11999 私は私のすべての師よりも悟りがあります。
神のみことばは、人間の学問を超えるものです。キリスト教は人間の知識の価値も認めていますが、人間の学問には制限があり、神のみことばには制限がありません。師は先生であり、個人の知識は勉強から来たものですが、神のみことばは、天からの啓示です。 みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。(詩篇119130)悟るということはつまり、道理や理屈がわかり、心が広くなるのです。心の中にあったlこだわりや束縛がなくなります。人生の中での苦しみを考える時、そこにはこだわりや束縛がありますが、神のみことばは、私たちの心に悟りをもたらし、心を広くしてくださるのです。

V 詩篇119100 私は老人よりもわきまえがあります。
神のみことばは、人生の経験よりもずっと豊富なものです。もちろん、経験豊かである年長者は尊重されるべきです。しかし人間が積み上げてきた学歴や経歴や病歴といった経験は、時間と空間の限られたものであり、神のみことばはこれらを超えるものです。また、神のみことばを通して、私たちは謙遜を学ぶことができます。
では、どうやって神のみことばに基づいて行動したらいいでしょうか。
まず、良く考えること、そして、良く考えた上で味わうことです。みことばを学ぶだけでなく、守って実践することが重要なのです。みことばを自分の心の中に置いて、良く理解し、味わい、体験することです。実践するためには、まず1箇所だけを覚えて、歩く時も食べる時もそのみことばをよく考えてみてください。そして、みことばを愛してください。みことばによって、私たちは、知恵と悟りと、人生の経験を超えるものをもらうことができるのですから。

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