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暗闇を朝明けに 嘆きを踊りに換えられる主

2007 / 01 / 21            

講師  榊原寛牧師  
聖書箇所  詩篇30:1-12          
記録  岡部正敏  
 

   5節は、夕暮れには涙が宿っても、朝明ければ喜びの叫びがあるということです。私たちには誰にも夜があります。それは、不安、恐れ、孤独、涙、病気,離別、死です。これらは、自分自身の場合もあれば、家族や友人関係にも、断りなしにやってきます。経済の問題、社会的な問題の場合もあります。敵ということばがありますが、これは病気,黄泉、神の怒り、嘆きです。荒布という言葉がありますが、これは苦しみ、病気、死です。パウロは叫びました。「自分のうちには、良い思いがあってそれをしなければならないという思いが強い。人を許すこと、人を愛することは人一倍心のうちにある。優しい言葉を語らねば、親切な思いを持たねばと思うが、逆の行為、態度が出てくる。自分のうちに二重人格、その偽善性、自分のうちに暗い闇がある。私のうちに住んでいる罪だ。」と言いました。神の前にこの罪の自分を救ってくれるものがあるだろうか、パウロはその悩みの中でキリストに出会ったのです。

  自分の努力や頑張りではどうすることもできない自分の罪性をキリストが身代わりにあの十字架で引き受けて下さった。私に下るべき神の怒りや裁きを全部引き受けて下さったキリストとの出会いです。ここに本当に罪を裁くお方によって罪が許されている自分を発見するのです。それは、旧約聖書に出てくるダビデ王自身の闇にも匹敵します。ダビデ王の偉大さは、その武力、知力、能力よりも神の前にへりくだる心を持っていたことでした。罪という闇はこの神に許されるという喜びによって朝を迎えます。

  この詩人は、病気に見舞われて、自らも駄目だ、墓に下るというような重病であったろうと思われます。しかし、その死の淵から癒され、救い出された喜びあふれてこの詩篇30篇をうたったであろうと言われています。私たちには過去の闇があり、現在の闇があり、未来の闇があるかも知れない。しかし、私たちには主イエスへの叫び、祈りがあります。
 詩篇50篇には、「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」という言葉があります。

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