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| 「神の御旨は人の意志に勝る」 |
2006 / 12 / 17 |
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| 講師 | ︰ | 李宏裕牧師 | |
| 聖書箇所 | ︰ | 創世記25:21-23 | |
| 記録 | ︰ | 松澤政彦 | |
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今日は、イサクとリベカがどのように神様の導きを経験したかを学びます。リベカは不妊の女でしたが、イサクが神様に祈願し子供が与えられました。彼女の子供は体内でぶつかり合うようになりました。彼女は主の御心を求め、主は彼女に「二つの国があなたの胎内にあり,二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は他の国民より強く,兄は弟に仕える」と仰せられました。やがて、双子が生まれ、神様の御言葉が成就されました。リベカは神様の御言葉が確かであることを確信しました。子供は成長していきましたが、双子の性格は違いました。エサウとヤコブ,ひとりは外交的で,猟師となり、もうひとりは内向的で、羊飼いになりました。双子が成長していく中、イサクはエサウを愛し,リベカはヤコブを愛しました。 ある日イサクはエサウを祝福しようとし、イサクはエサウに「獲物をとって来て私においしい料理を作り,私に食べさせてくれ,私はあなたに祝福を与えます」と言いました。エサウは神様を信じない人と結婚して問題をもたらしました。また、エサウは自分の長子の権利をヤコブに売りました。このようなことがあったにもかかわらずイサクはエサウに祝福を与えようとしました。イサクは年をとり、彼の視力は衰えていて目が見えなくなっていました。イサクは四つの方法でエサウであるかどうかを確認しました。一番目は,息子の手を触り確認し、二番目は息子の声を確認し、三つ目はエサウが作った料理で確認し、四つ目は着物の香りをかぎエサウであるかどうかを確認しました。イサクは様々な方法を用いて、エサウであるかどうか確認しましたが、ヤコブに騙されました。結局、ヤコブか祝福を得ました。その時、イサクは神様の御心が分かりました。イサクの思いと神様の御心は異なりました。イサクは自分の意思によってエサウに祝福を与えようとしましたが、神様の御心はヤコブに祝福を与えることでした。 クリスチャンも同じようなことに直面することがあります。私たちは何か物事を決めようとする時、心の中で喜びを感じたら神様の御心であろうと勝手に思います。クリスチャンになった後でも自分勝手に考え、神様の御心に従わないことがあります。また、神様を信じる前に私たちが良いと思ったことでも,神様の御心でないこともあります。私たちは神様の御心を知りませんでした。しかし、少しずつ神様を知ることを学ばなければなりません。私たちは自分の思いよりも神様の御心を求めることを学ばなければなりません。パウロはこのように言いました。「私は,既にそれを得たのではなく,既に完全にされているのでもありません」。ですから,私たちは後ろのものを忘れて,ひたむきに前のものに向かって進まなければなりません。イエス・キリストにおいて上に召してくださる神様の栄冠を得られます。 皆さんにお勧めします。後ろのものを忘れましょう。あなたが良いことだと思ったことを忘れましょう。神様の御前に来て神様の御心を求めてください。ひたむきに前のものに向かって進むことを学びましょう。
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