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クリスマスを迎えるシーズンに入りましたが、私たちはこの時にイエス様が誕生した目的を考えなければなりません。今日のテーマは「神の作品」ですが、神様は私たちの人生をすばらしい人生に創り上げたいと願っています。今日の聖書箇所から3つのことを考えて見たいと思います。
1.
神が私たちを救って下さったのは神様の豊かな恵みと哀れみによる。
1節、「あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって」とありますが、私たちの肉体は生きていますが、罪によって束縛されています。エデンの園でアダムとエバが罪を犯した後、全人類は罪に支配され、罪の権威に打ち勝つことはできません。神と私たちの間に隔たりができました。罪が絶縁体となり、絶縁体があると電気が通らなくなりますが、神様と私たちの関係はそれと同じような状況です。神様の眼から見ると私たちは罪によって汚染され、永遠の望みを失いました。
イエス様が十字架の上で罪を贖って下さったのは、人間と神様の関係を取り戻すためです。イエス様は罪と言う絶縁体を取り払い、イエス様の十字架が私たちの罪の問題を解決して下さいました。私たちは救われたのは行いによるものではなく、信仰によるのです。私たちは、クリスマスのシーズンに深く十字架について考えなければなりません。
2. 信者たちの身分が変えられる。
6節、「キリスト・イエスにおいて、共によみがえらせ、共に天の所にすわらせてくださいました」。私たちは甦りと言う経験をしていないかもしれませんが、将来必ず甦ります。なぜなら、私たちはイエス様を信じたその日から身分が変えられました。イエス様の甦りの命が私たちの中に入り、私たちがアダムから引き継いだ古い命は段々消滅していきます。イエス様の救いによって、我々は新しい命を持つことができました。これこそが永遠の命です。
また、私たちはどのようにしてイエス様と共に天にすわることができるのでしょうか?天にすわるとは、イエス様と繋がると言う意味です。私たちは天国の国民の身分を持っており、霊的な財産を受け継ぐすべての権威を持っております。
3.
クリスチャンの命がイエス様によって、ますます美しいものに創られる。
今日私たちは完全な者ではないけれども、聖書の教えによると、神様の御手の中において、ますます完全な者に近づいていきます。なぜなら、私たちは神様の作品です。作品とはギリシャ語の原文では「芸術品」という意味があります。私たちは救われるだけでなく、聖なる道に入らなければなりません。私たちは自分自身を頼っていたならば、自分を変える力がありませんが、キリストを拠り頼めば、必ず成し遂げることができます。
雷の子と呼ばれた性格の荒いヨハネが晩年愛の使徒と呼ばれる人に変えられました。教会を迫害したサウロを宣教するパウロに変えました。多くの失敗した人物が、多くの社会から見捨てられた人たちが、イエス・キリストの救いを知ることによって、その人の境遇が変えられ、その人の欠点が変えられ、その人の人生が変えられました。
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