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黙示録19:6、将来いつの日か天において起きる事になっている一つの栄光ある場面であります。これは天国における礼拝です。今日の私たちが地上で行っている礼拝は、将来の天における礼拝の縮図であります。「神の御国における」という考えの中においては、2つの大きな部分があります。一つは国を準備する期間であり、もう一つは将来実現する国です。これはまだ実現されていないものと、もう既に実現されたものであります。私たちの今日の教会の中での奉仕、礼拝は一つの訓練であります。将来、新しい天地の中において、神様に仕えるためです。もし、そういうことに気が付いていたならば、我々の地上の教会におけるご奉仕はいい加減にはできません。真面目に真理を追究し、自分の賜物を発掘し、教会で奉仕をし、訓練し、成長したクリスチャンなりたいと努力するでしょう。黙示録の中では、将来栄光の御国が来た時に、天使たちと共に、私たちが如何に神様を礼拝をするかについて書かれています。その中には私たちがどういう気持ちを持って神様を礼拝すべきかについて書かれています。
1. 神様の義、力、正しさを賛美しなければなりません(1-2節)。
私たちは詩をもって、聖書を朗読することによって、祈りをもって神様を賛美しなければなりません。ですから、祈りはただ求めることにとどまってはいけません。もし、祈りがただ求めるものだけであったなら、それは自己中心な祈りです。祈りは神様のご性質を賛美するところまで高めてていかなければなりません。
2節、「大淫婦」はこの世を汚し、裁かれました。「大淫婦」とは神様から離れ、偶像礼拝を行っている人を指します。聖書の中でイスラエルの民はいつも神様から離れ、偶像礼拝を行っておりました。神様はそれらの者を裁きます。しかし、ここではバビロンを指しておりますが(黙18:1-3)、黙示録が書かれた時にバビロンと言う町は存在しておりませんでした。ですから、これは比喩であって、古いローマ帝国を表しております(Tペテロ5:13)。やがて、ローマ帝国は崩壊し、キリスト教会は全世界の各地で建てられました。このことは、神様の義、力、正しさを表しており、神様はとこしえに賛美に値するお方であります。
2.いと高き王としての地位を礼拝しなければなりません。
4-5節、神様は御座をもうけられており、24人の長老と四つの生き物がひれ伏して神様を礼拝しており、小さい者も大きな者も神様を囲んで拝んでおります。御座とは王の地位を表しております。将来天国において、歴代のクリスチャンたちが一同に集まり、天使たちと一緒に神様を礼拝いたします。24人の長老とは旧約の12部族と新約の12使徒であります。四つの生き物とは天使を表しております。
6節、「・・・われらに神である主は王となられた」。16節、偉大なる神様の地位は「王の王、主の主」と言われております。何千何万の天使たち、何千何万のクリスチャンたちが、この御座を囲み、神様を礼拝しております。何と言うすばらしい光景でしょうか。
ですから、私たちは現在天国の礼拝を行うために備えております。私たちは神様を礼拝する時の態度について考えなくてはなりません。王の王、主の主である神様にお会いする時、礼拝の時間をきちんと守り、身なりを整えて、礼拝堂では厳粛な態度を持って臨むべきです。大切なのは神様に対し敬う気持ちです。
3. 神様の愛、真実を賛美しなければなりません。
7節、「小羊の婚姻の時が来て」、小羊はキリストのことであり、花嫁は私たちです。Uコリント11:2、「私はあなたがたを・・・一人の人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです」。19:7、ある日イエス様が私たちを花嫁として迎えに来るのです。将来、天国では偉大なる結婚の宴会が開かれます。6節、キリストの王としての戴冠式と結婚式が一緒に行われます。この地上での礼拝は、将来御国における礼拝のための訓練であります。そのような意義を理解したならば、いい加減な気持ちで礼拝することはできないはずです。
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