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クリスチャンの生命観

2006 / 10 / 15             

講師  李宏裕牧師  
聖書箇所  マタイ10:28-42   
記録  松澤政彦  
 

 マタイの福音書10章28〜42,今日の聖書箇所から神様が私たちのいのちを管理し下さっていることがわかります。

 聖書を読むと二つの言葉が繰り返しでてきます。「一つは恐れるな,もう一つは恐れなさい。」私たちは様々な問題に直面し恐れます。逆に私たちは恐れないこともあります。エデンの園で神様は善悪の知識の木からとって食べてはいけないとおっしゃいました。しかし人間はその警告を恐れませんでした。人間は恐れるべきことを恐れないで,恐れなくてよいことを恐れます。マタイの福音書10章5節,イエス様は,12人の弟子を遣わし福音を述べ伝えさせました。イエス様は,「弟子たちを遣わすのは狼の中に羊を送り出すようなものである」と言っています。弟子たちは様々な人の困難に直面します。しかしイエス様は,「体を殺しても,魂を殺せない人たちを恐れてはなりません」と仰いました。すずめ一羽でも神様のお許しなしに地に落ちることはありません。私たちの髪の毛の数さえも神様に数えられています。ですから私たちは恐れなくてもよいのです。神さまのお許しなしになのもおこりません。しかし,実際の生活で私たちは完全に自分を神様に託すことが出来ないできません。ですから,クリスチャンは,神様が私たち人間の体といのちを管理していることを知らなくてはいけません。

 この地上の神さまの御心にそむいている世界です。イエス様を信じるということは新しい国に住むことと同じことです。クリスチャンはこの世に住んでいますが,この世に属するものではありません。そして,新しい国では新しい国の国王を見習わなければなりません。新しい国の国王はイエス様です。イエス様が十字架を負われたのと同じように私たちも十字架を負いイエス様についていかなければなりません。イエス様は従順であったように,私たちも従順でなければなりません。イエス様はこのように言っています。「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い,私のために自分のいのちを失った者はそれを自分のものとします。」私たちが持っている主権を神様に託しましょう。私たちは永遠の御国に入ることが出来ます。パウロは社会的地位が高く優れた人でした。しかし,パウロはこのように言っています。「私はキリストのためにすべてのものを捨てて,それらをちりあくたと思っています」。パウロは過去の経験を全て捨て神さまに従いました。パウロは自分のいのちを神様が管理していることを知っているからです。

 イエス様はこのよう言っています。「私が道であり,真理であり,いのちなのです。私を通してでなければ,だれひとり父のみもとに来ることはありません。」私たちのいのちを管理してくださる神様に主権を託してください。神様は,私たちのためにすばらしい計画を持っていてくださっています。

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