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子に与えられた自由

2006 / 09 / 17             

講師  李宏裕牧師  
聖書箇所  ヨハネ8:31-36                            
記録  松澤政彦  
 

 私たちが自由を得ようとする時他の人の自由を奪ってしまうことがあります。聖書に書かれた自由は人間が求める自由とは違います。イエス様は人間に本当の自由を与えると言って下さいました。今日は二つの方面から自由について考えます。

T.人間の求める自由は罪をもたらします。人間を創造する前に神様は天使を創造されました。一人の天使長が神様に背きました。サタンは自由に判断したり決定したりしたかったのです。人間も創造された時,既に自由になりたいと思う心がありました。サタンはエバを誘惑し、エバは神様が食べてはならないと言った木の実を食べてしまいました。人間は自分で善と悪を判断するようになりました。私たちは他人の自由を奪ってでも自分の自由を求めるようになりました。人間は自由を手に入れた時,罪に落ちました。人が罪を犯した時,2つの現象が見られます。@罪を犯す行いがあります。A罪悪感が心の中に残ります。ヨハネ8:3-11。姦淫の罪を犯した婦人が捕らえられて、イエス様の御前に連れてこられました。律法学者はイエス様を試そうとしていました。もしイエス様がこの婦人を殺してはいけないと言えば、律法に違反します。もし石打を許すならば、イエス様は殺人という罪を犯すのです。イエス様は知恵があるお方です。「あなたがたのうちで罪のないものが最初に彼女に石を投げなさい。」とイエス様は言いました。年長者からひとりひとりその場から去っていきました。彼らも罪を犯したことがあるので罪悪感があり、罪悪感はなくなりませんでした。サタンは私たちの罪悪感を攻撃し,私たちが神様の御前に出られないようにしようとします。人間は自由を求めましたが逆にそれは罪をもたらしました。

U.イエス様が言われた本当の自由について考えて見ましょう。「私の言葉に従うなら本当の自由を手に入れることが出来ます。真理を知り,真理はあなたがたを自由にします。」と聖書には書かれています。神様は私たちに自由を与えて下さいます。自由とは「心を尽くして思いを尽くして力を尽くして知性を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。またあなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」と言う聖書の言葉でまとめられます。愛そのものであるイエス様がこの世に来られ人間と同じようになられました。イエス様は神様で完全に自由な方です。しかしイエス様は人間のために十字架につけられて死にました。イエス様の愛は自分自身の自由を捨てる愛です。
 イエス様の自由はイエス様を信じる人々にも与えられます。私たちは神様への愛のために自分の自由を捨てることが出来ます。イエス様を信じない自由も捨てることが出来ます。私たちの隣人を私たちは愛することが出来るようになります。愛はイエス様が私たちのために用意して下さった自由です。イエス様だけがこのような自由を持っています。また,神様は私たちが弱いことを知っておられます。神様は私たちに助け主である聖霊を与えて下さいました。私たちは聖霊によって祈ることが出来ます。祈りの中で神様に自由を求めて下さい。

 御子の自由は私たちを自由にします。他人を愛することが出来るようにして下さいます。私たちが罪を犯さないようにして下さいます。主が私たちを助けて下さいますように。

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