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| 「永遠の死より命を得る」 |
2006 / 08 / 20 |
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| 講師 | ︰ | 李宏裕牧師 | |
| 聖書箇所 | ︰ | Uコリント5:1-10 | |
| 記録 | ︰ | 松澤政彦 | |
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聖書では,死の後に裁きがあると記載されています。人は創世記にアダムが罪を犯したために裁きを受けることになりました。しかし、神様は私たちの魂を愛していらっしゃいます。イエス様がこの世に来られたのは,私たちを霊的な死から救い出すためです。イエス様が十字架につけられ葬られ三日目によみがえられたことを信じる人がイエス様と共に生きることができます。これが福音です。私たちはこの世では重荷を負って苦しみます。しかし、神様は新しい体を私たちに与えて下さいました。私たちは信仰によって新しい体の中で生きることができます。 「たとえ私たちの外の人が衰えても内なる人は日々新たにされています。」とパウロは言っています。外見は幕屋と同じ様なものです。幕屋が壊れても神様が新しい家を与えて下さいます。クリスチャンは天上に家を持っています。私たちがこの世にいる限り古い体を持っています。しかし,私たちの内に御霊が住んで下さっています。御言葉が私たちの上にあることを信じ,イエス様によって赦されることを信じ,神様が全てを掌握されていることを信じ,古い体に御霊が共に住んで下さることを信じ生活します。この様な生活の中に神様の命があるのです。「古い体を持ってこの世で生きていますが,信仰によって歩んでいるので恐れるものがありません。」とパウロは言っています。御霊が共に住んで下さっているからです。パウロは「肉体の中にあろうと,肉体を離れていようと,神様に喜ばれることをしたい。」と言っています。戒律を守ることから始めるのではなく,命が私たちのところに来て下さったところから始めるのです。私たちの生活に御霊が共にいて下さいます。御霊が掲示を与えて下さいます。歩むべき道を導いて下さいます。 将来,私たちは主の裁きの前に出るでしょう。しかし、心配することはありません。なぜなら、私たちは信仰によって生きることを学んだからです。私たちは律法を気にするのではなく,神様との関係を気にするのです。神様と私たちの関係は命の関係です。父なる神様と子供の関係です。貴方が神様に喜ばれることをするときに十戒をはるかに超えます。裁きの時主は,私たちが行ったこと,尋ねるでしょう。例えば神様は,「なぜ貴方はアメリカに残らなかったのですかと」と私に聞くかもしれません。私は「神様に喜ばれるために私はアメリカに残らなかったのです。」と答えるでしょう。皆さんは,喜んで裁きの座に行きたいと言えるでしょうか。いつも主を求め,何をするのにも主に喜ばれるためにして下さい。そうすれば将来の裁きを恐れることはありません。死を離れて命に入る,永遠の死より命を得るのです。
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