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失敗からリバイバルへ

2006 / 07 / 30             

講師  姜寶陞牧師  
聖書箇所  ルカ22:54-62     
記録  岡部正敏  
 

 私たちは弱さを覚える時があります。失敗を経験すると人間が如何に弱いかが分かります。主を頼らなければ人生を歩むことができない事実に気づきます。失敗は怖いものではありません。失敗した後に反省し、悔改めをしないのが一番怖いのです。ペテロは重要な時に3回イエスを認めなかったのです。これはペテロにとって人生に於ける一番大きな暗闇であり、失敗でした。霊的な指導者の地位が揺さぶられました。自分が愛するイエスを否定した失敗でした。彼はどうしてリーダーシップを発揮できるのでしょうか? 

 ペテロの悔改めによってペンテコステのリバイバルがもたらされました。ペテロは以前同様に神様に用いられました。私たちが天国への道を歩む時に、失敗だけを見つめるのではなく、主の前に悔改めるかどうかに目をとめてもらいたいと思います。自分自身を捨て、自分の罪を認めて、恵みの御座に出て来なければなりません。神を仰ぎ見て神に悔改めます。神は以前と同じように私たちを用いて下さいます。

 ペテロはどうしてこのような人生の危機に直面したのでしょうか? 人にはそれぞれ異なる危機があります。特に人生の十字路、キーポイントの時に、私たちは主を頼って勝利の生活を送るのか、それとも失敗に終わるのか。これは主の前に於ける私たちの気持ち次第です。ペテロがこのように失敗したというのは、第一に、恐れの中に生きて、神から離れたからです。(54節)遠く離れて付いて行ったのはなぜ? 敵に逮捕される心配があったからです。恐れは人間のいろいろな情緒のなかで深みにある感情です。私たちは人生の恐れに直面する時には、なおのこと神の前に進み出なければなりません。自分を孤立した中にペテロは置いたのです。その時、彼には自分を支える仲間がいなかったのです。孤独だったのです。私たちは自分が強いと思ってはいけません。私たちはペテロと同じように弱いのです。もし、私たちが孤独な中に置かれたなら、私たちは倒れると思います。同じ信仰を持つ人々と励まし合わねばなりません。孤独を取り払わなければなりません。互いに認め合わなければなりません。同じ信仰を持った仲間がいて、私たちは弱さの中にいても強くなることができます。

 第二、ペテロはあまりにも自信がありました。ペテロは良く考えないで発言することがあります。自信は失敗につながる要素があります。自信が強い人は神を必要としません。ペテロには神から恵みをいただく、頼る気持ちがなかったのが、失敗の原因でした。私たち人間の弱さを持っているから、いつも目を覚ましてイエスを頼るのです。するとすべての試みの中で勝利を得ることができます。

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