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天国の建築工程

2006 / 07 / 23             

講師  姜寶陞牧師  
聖書箇所  Tコリント3:10-17  
記録  磯川智子  
 

 Tコリント3章を見てみましょう。この聖書箇所には、神の建築物の工程が書かれています。
 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません(Tコリント 310)。こう語られている対象は、聖徒たちです。聖徒たちは、神の畑、神の建物(Tコリント39)であり、神の神殿(Tコリント317)であるというのです。それは、建物という意味ではありません。建物は、戦争や地震によって壊れていきます。しかし、神の宮である聖徒には、御霊が住んでいます。聖徒は神様によって永遠に守られているのです。聖徒すなわち私たちは、霊の家(Tペテロ25)を築き続けていかなければいけません。

 では、この霊の家、神の宮はどのように建てるのでしょうか。まず材料には2種類あります。
 一つは、金・銀・宝石で、もう一つは、木・草・わら、です(Tコリント312)。木や草はすぐに燃え尽きてしまいますが、金銀は無くなりません。私たちは、このような材料で宮を建てなければならないのです。
 また、神の宮は、イエス様の土台の上に建てなければなりません。イエス様は、私たち信仰の中心であり、死から復活し、永遠に生きておられる土台なのです。

 さらに、この土台の上には、イエス様が語られたすべての真理をもって建てなければなりません。人の基準やこの世の基準ではなく、聖書の基準によって建てるのです。真理の上に建てていれば、火に打ち勝つことができます。イエス様の再臨の日、すべての建築物は火によってさばかれます。これは、神に救われている、救われていないは関係がありません。建物は焼けても、人は助かるのです(Tコリント315)。
 イエス様という土台はすでに据えられています。この土台の上に、金・銀・宝石をもって、主の真理にもとづいて建てることに加えて、忠実であることが要求されます(Tコリント41)。神様に仕えるとき、私たちは忠実でしょうか。他の目的を持っていないでしょうか。そして、それは神様のためでなく、人に見せるためのものになっていたりしないでしょうか。これらのことは、裁きの日にすべてが明らかになります。なぜならば、神様は私たちの忠実さや苦しみをすべてご存知だからです。

 では、神の宮という建築物の目的はなんでしょう。どんなものも、目的もなく建てられることはありません。
 私たちは、将来、イエス様と共に王になるために、すなわちすべてのものの管理者になるために、たゆまず備えて成長しなければなりません。つまり、建築の過程が非常に重要になのです。もしあなたが、神様を信じて、平安を得たところにいるなら、その救われたところに留まらないで、努力して成長し、勝利を得なければならないのです。勝利を得た者は必ず救われていますが、救われた者は勝利できるとは限らないのです。

 救いは、神様の恵みです。あなたが何かをする必要はありません。ただ、神様を信じればよいのです。しかし、私たちは、勝利しなければなりません。金・銀・宝石で建てた者が、イエス様と共に王になれるからです。生活の中で、奉仕の中で、霊的に成長するためには、生涯をかけて努力していく必要があります。赤ん坊のように、乳ばかり飲んでいないで、硬いものを食べるようにしましょう。私たちは、フェローシップや、バイブルスタディや、日曜学校の中に、そうした成長を求めていくことができます。

 私たちは、継続して成長しなければなりません。主を愛して奉仕をすれば、それは決して無駄には終わりません。イエス様の再臨の日に、隠されていたものがすべて明らかになるからです。天国の建築物は永遠に残ります。ですから、私たちは、それを建て上げる過程で、忠実でなければならないのです。

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