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誰が歴史の主か?

2006 / 05 / 07             

講師  姜寶陞牧師   
聖書箇所  エステル4:13-17  
記録  酒井美音子  
 

 エステル記は10章あります。この書の中で神様の名が記されていませんが、到るところで神様の主権を主張しております。この書を読む時に、過去に起きた歴史として読むのではなく、この書の背後には神様が宇宙を支配しているという事実を見出さなければなりません。イエス・キリストは「私はアルファであり、オメガである。・・・初めであり、終わりである」と言われました。神は歴史の初めであり、歴史を終わらせる方です。イエス様が再臨する時に歴史が終わり、この世がイエス・キリスト様の御国となります。
 エステル記4章で、ユダヤ民族の存亡の危機に直面した時に、神様はモルデカイとエステルを用いました。二人はユダヤ人であり、他の国に捕虜として連れて行かれましたが、彼らは依然として神を敬っておりました。14節、ユダヤ民族の存亡の危機に関る時に、皇后という重要な地位に着いたエステルが王宮の中において、栄耀栄華な生活を送るのではなく、自分の民のために何かをしなければならないと思いました。16節、エステルは栄華にこだわらず、神に従い、自分を犠牲にし、法令に背いても民を救おうとしました。当時王から召されないで、王に会いに行く者は死刑に処されました。エステルは死を覚悟して王に会い、自分の民を救おうとしました。

1. 神様の介入があれば、偶然も必然に変わります。普通に考えると偶然に起きた出来事に見えますが、神様の主権が介入して干渉が起きているならば、すべての偶然があなたの人生において、必然のターニングポイントとなります。6:1、アハシュエロス王が、ある夜眠れなくなり、大臣に年代記を持ってくるように命じました。その中にはモルデカイが王を助けたという記録が残っておりました。これは偶然の出来事でしょうか?これは、神様の主権が歴史を変える重大な時刻なのです。偶然が必然に変わる重大なポイントはどこにあるのでしょうか?4:16、彼はユダヤ人が危機から救われるように三日三晩断食の祈祷をしました。そして、歴史が変わりました。私たちは個人的に人生の中においても、危機に直面しますが、切なる祈りによってその危機から逃れることができます。神学者であり、文学者であるC.S.ルイスは、「神様は神様の永遠のご計画の中において、多くの空間を残しております。それは私たちが自分の祈りを持って埋めなければなりません」と言われました。神様は私たちの人生の中に介入し、国の大きな出来事の中に介入し、人類の歴史の中に介入し、歴史を変えます。

2. 神様は時間と空間を利用して、呪いを祝福に変えます。アハシュエロス王は自分を助けたモルデカイに褒美を与えていないことが分かりました。ちょうど悪い大臣ハマンが王宮に入って来ました。王はハマンに栄誉を与えたい人にどのようにすべきかと尋ねました。ハマンはその人物が自分であると思い込みました。ハマンは王にその人に王服を着せ、馬に乗せ、町を巡回させ、民の礼拝を受けさせますと言いました。王はハマンの考えを気に入り、モルデカイにその通り行って下さいと言いました。神様が把握できないことは何一つありません。  

3. 神様の永遠のご計画の中において、ユダヤ人と教会は永遠に存続します。民族主義は2つの側面を持っております。いい時には民族を守り、一致し団結することができます。しかし、悪い時は他の民族を滅ぼそうとします。歴史の中に、神様は見えないところにも歴史的な発展を定めております。ある人はユダヤ人は世の中の時計であると言いました。救いはユダヤ人から始まり、教会はアブラハムの霊的な子孫であります。教会は永遠に存続します。なぜなら、神様は主権を持って教会を守って下さいます。人類の歴史は神様が定めた目標に向かって邁進しております。どんな力もそれを妨げることができません。なぜなら、神様のみが歴史の主であり、宇宙の王であるからです。すべてのクリスチャンが神様の子供であり、神様の救いの計画の中にあります。神様は私たちを尊い者として見ております。人生の多くの苦しみ、挫折、失望の状況下においても、今の状態のままで、神様の御前に進み出て、祈りましょう。神様は私たちの人生も支配し、私たちの人生の小さな出来事にも神様は介入して下さいます。キーポイントは、私たちの神様に対する信仰なのです。  

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