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イエス様は我々の罪と過ちのために死に、我々が義人となるために死からよみがえりました。イエス様の死と復活は、私たちの信仰の重要な柱です。イエス様が死ななければ、赦しの恵みは無く、よみがえらなければ、永遠の命の賜物は無いのです。
主の恵みには、普遍的な恵みと救いの恵みがあります。普遍的な恵みとは、主に平安を指しますが、私たちはどうしても、救いの恵みを重んぜず、色々な祈りを以って自分の平安を求めてしまいます。ですが、私たちが神の国とその義とをまず第一に求めなさい、(マタイ6:33)と言われているのです。
イエス様は、なぜ死んだのでしょう。死ぬためにこの世に来られたからです。神ご自身は、死ぬことができません。しかし、神は無限の力を持っておられます。神がこの世で人間となり、その罪の無い肉体をもって贖うことで人間の罪を解決してくださったのです。
イエス様は、7つの力によって、十字架につけられました。
1.政治的な力
ヘロデ王は、ローマの皇帝によって地位を与えられた、悪い君主でした。彼の政治的動機は間違っていました。彼は、神のみこころに拠らない宮を建てました。宗教を政治に利用したのです。
2.偽りの宗教指導者
これは、律法学者などのことです。ユダヤ人にとって大切なのは、誠、真実です。偽りの良いものは、良くないものよりも悪いのです。傲慢な人よりも、偽りで謙遜する人のほうが悪いし、霊的でない人よりも、偽りで霊的に見せている人のほうが悪いのです。イエス様は、本当の言葉をもって偽りの宗教者たちを裸にしました。それで彼らは、イエス様をひどく憎みました。政治の力よりも、この偽りの宗教の力のほうがずっと強かったのです。
3 法律の不公平
罪なきイエス様がどうして罪に定められたのでしょう。法に対する心は、人間の義への欲求であり、神の形の一部です。法の源は神であり、それを執行するのはイエス様です。ピラトも誰も、イエス様の罪を言い表す事ができず、ユダヤ人とピラトはイエス様を殺す罪を押し付けあいました。政治と宗教が互いに利用しあうということが行われたのです。
4 軍事的な参入
当時はローマ帝国による支配が行われていました。ローマの法律では、すべての人がカイザルの財産で、国民はカイザルを主と呼びました。最終的に、ローマの兵士がイエス様を十字架につけたのです。
5 群集・民衆の力
ほんの3日前には、イエス様をホサナ、ホサナと迎え入れた人々が、今度は、十字架につけろと叫んでいるのです。イエス様は、このような民主主義によって殺されたのです。
6 経済的な力
お金で人を買収できるという考えです。イエス様がよみがえった後、祭司長たちは、兵士にお金を渡し、よみがえりではなく、弟子たちが死体を盗んだのだと事実を捻じ曲げようとしました。
7 自然の力
イエス様の墓は大きな石で塞がれました。もう人類には望みがないでしょうか。もしイエス様がよみがえらなかったら、本当に望みはありません。暗やみが光をさえぎり、真理が迫害されます。
神は、イエス様をよみがえらせました。これは、歴史的事実です。これは私たちの信仰の柱です。想像ではなく事実に基づくものです。イエス様がもし死ななければ、罪を背負う人はなく、よみがえらなければ、永遠の命の望みはありません。私たちは、いつまでも主と共にいましょう。
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです(ヨハネ14:3)。
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