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| 「全能者の怒りのもと」 |
2006 / 04 / 02 |
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| 講師 | ︰ | 李宏裕牧師 | |
| 聖書箇所 | ︰ | ローマ1:18 | |
| 記録 | ︰ | 酒井美音子 | |
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キリスト教の歴史の中で、多くの人たちは旧約の神は怒りの神で有り、新約の神は愛の神であると言います。私はこの意見には同意しませんが、このことが本当かどうか今朝考えてみたいと思います。神は唯一の神であり、永遠に変わらないお方であります。どうして、このような神が怒りの神なのでしょうか?神の怒りには原因があります。この怒りの対象は人の本質ではなく、「不義をもって、真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されています」(ローマ1:18)なのです。18節の「啓示されています」とは、原文のギリシャ語では現在形を使っているので、神の怒りは現在もなお継続されて啓示されているということです。 神様は人を土から作り、人に息を吹き込み、神様の形に似せて創造しました。神様は人を創造された時に、神様の愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制を人に表してもらいたいと思いました。人をこのように創造されたのは、神様に栄光を帰すためでした。神様は人にどのように従順するかを学ばせましたが、人間は失敗しました。そこで、神様はイエス様をこの世に遣わし、イエス様の上にそれを表すことができました。聖書は「キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって、従順を学び」(ヘブル5:8)と言っております。人が創造されたのは神様の栄光を表し続け、また神様にどのように従順なるかを学ぶためです。しかし、人間はサタンの誘惑に遭い、人間はそのように生きようとは思わず、堕落した罪人になりました。ですから、現代人にこの罪人の遺伝子が引き継がれ、現代人は自分自身が主になろうとしております。この世で多くの混乱が起きているのは、人が堕落した表れなのです。 旧約の時代から、人は続けて神になろうとしており、神はずっと罪を憎んでいます。ノアの時代に人々は罪を犯し、神様は怒り、全地を滅ぼしましたが、神様の恵みも普遍であります。神様はノアの一家の8人を救いました。しかし、ノアの時代の後も人は罪を犯し続け、ソドムとゴモラのような罪深い町が出現しました。神様は人を創造し、人を繁栄させましたが、人は神様に背き、同性愛者となり、子孫を残そうとしませんでした。ですから、神様はソドムとゴモラの町を硫黄の火で滅ぼしました。しかし、その裁きの中にも恵みがあります。ロトの一家がそこから救われたのです。歴史の中でこのような関係が続きました。神様の怒りはずっと存在しておりますが、悔い改める人のために救いの道を残して下さいました。神様の怒りは不義で不敬虔な人々の上に表されていますが、神様は救いを備え、神様を信じる者が救われるようにして下さいました。 一世紀に神様はひとり子であるイエス様をこの世に遣わしました。イエス様は神の怒りを解決しようとしました。もともとすべての人が神様の怒りの中で、裁きを受けなければなりませんでした。ですから、イエス様は当時の人々に悔い改めなければ、シロアムの塔が倒れ、多くの人々が死んだように彼らも滅びるであろうと警告しました。このように、多くの人々がイエス様を信じ、悔い改めれば、神様の怒りから逃れることができます。 この世の中で多くの災害があり、毎回多くの犠牲者を出しますが、私たちは災害によって死にたくないと考え、天寿を全うし、天に召されたいと思います。しかし、どのように死ぬかというのは問題ではないのです。黙示録20:13にあるように、「人々はおのおのの自分の行いに応じて裁かれた」、つまり死後に裁きがあり、神様の怒りから逃れられないのです。私たちは死ねばすべて終わりだと考えますが、そこで終わったわけではありません。もし、イエス様の復活を信じなければ、永遠の滅びが待っております。神様は神様の怒りをすべてイエス様の上に置きました。本当は私たちが死ぬべきでしたが、イエス様が私たちの身代わりになって下さいました。イエス様は私たちの罪のために、私たちが受けるべき苦しみを負って下さいました。 結論は、神様の怒りは過去から現在に到るまで同じであり、私たちの堕落も過去から現在に到るまで同じであります。イエス様を信じる者だけが、神様の怒りから逃れることができます。神様の怒りは非常に恐ろしいものですが、神様の恵みはそれ以上に非常に大きいものです。ですから、一日も早くイエス様をご自分の救い主として信じることができますように。
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