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神の恵みにおいて成長する

2006 / 02 / 05             

講師  蔡漢良牧師  
聖書箇所  Uペテロ3:18      
記録  酒井美音子  
 

 この手紙の背景を考えて見ましょう。当時、ある人たちが神様のことばを好き勝手に解釈しておりました。Uペテロ3:16、特にパウロの手紙が曲解されていました。そのためペテロは彼らに2つの警告を与えました。一つは消極的な面、3:17「・・・よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれないように」。偽教師の言うことに気をつけなければなりません。反対に、3:18では積極的な面で、「イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい」と勧告しております。この手紙は、主にある成長を語っています。

 Uペテロ1:57、「・・・信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい」。この世に於いて、クリスチャンがどのように天国の生活をするかを教えております。私たちはこの世において、み言葉を学ばなければなりません。なぜなら、私たちが将来天国に行ったら、神様とどのように接していいか分かりません。ですから、私たちがどこにいても真理の上に根付いて成長しなければなりません。「神の恵み」は、私たちが努力して得るものではありません。この地球上の空気、太陽、健康はすべて神によって与えられた恵みです。このすべてのめぐみは、普遍の恵みと言います。特殊な恵みは、神様が与えてくれた救いです。エペソ2:8「恵みゆえに、信仰によって救われたのです」。恵みと信仰も神様が与えてくれたものです。ですから、私たちは神様が与えてくれたすべての恵みの中で成長しなければなりません。今日の聖書箇所から2つのことを学ぶことができます。

1. 神様の恵みの中で成長する。神様の恵みは、すなわちイエス・キリストです。言葉が肉となったこの恵みが、イエス様です。知識はこの聖書です。ペテロはイエス様において、知識において成長しなければならないことを勧告しております。イエス様の中における成長も2つのことを見ることができます。一つ目は、イエス様は私たちの救い主であります(3:18)。Tテモテ1:15、「キリストは罪人を救うためにこの世に来られた」。イエス様がこの地上に来られた目的は、私たちの罪のために十字架につけられ、埋葬され、復活することです。神様の御心を成就するためです。キリスト教の教えでは私たちが正しい人になるのではなく、義人になるように教えております。「義」という漢字は、上に「羊」という字が書かれ、下には「我」という字が書かれています。即ち、子羊の血潮によって、私たちは聖よめられたという意味があります。神様のひとり子であるイエス様は私たちの救い主です。二つ目は、イエス様は私たちの命の主です。イエス様は私たちの命の主権を握っています。私たちはイエス様の中にあって、日々成長しなければなりません。そうすることによって、日々私たちはイエス様に似た者に変えられます。

2. 知識に於いて成長する。神様と私たちは父と子の関係であり、私たちは神様に対して「私はあなたを愛します」と言います。私たちが神様に仕え、聖書を読むことは、私たちが神様を愛しているからです。ですから、私たちは時間を割いて、み言葉を読み、理解しなければなりません。そうすることによって、神様の御心を更に知ることができます。また、私たちは聖書を読むことによって、さらに知恵を持って神様に仕えることができます。エペソ4:32、「お互いに親切にし、・・・互いに赦し合いなさい」。現代人は忙し過ぎて、忍耐がなく、相手を赦す事ができません。神様の教えは、イエス様の愛の中で罪を犯した人を赦しなさいという教えです。み言葉を知れば知るほど、私たちはどのように生活すべきか分かります。み言葉は私たちに神様の知恵を与えてくれます。知恵によって、知識を用いることができます。知恵は知識の用い方を知ることできる力です。私たちはみ言葉の上において成長し、神様に栄光を帰さなければなりません。ヨハネ15:8、私たちはいつもイエス様とつながっていなければなりません。そうすることによって、多くの実を結ぶことができます。み言葉を知れば知るほど、神様にどのように栄光を帰するのか理解できます。また、栄光を帰することを知れば知るほど、自分自身も成長できるのです。

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