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| 「将来と希望の神」 |
2006 / 01 / 15 |
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| 講師 | ︰ | 榊原寛牧師 | |
| 聖書箇所 | ︰ | エレミヤ29:11-13 | |
| 記録 | ︰ | 松澤政彦 | |
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神様は、私たちに災いを与えるお方ではありません。神様は、私たちに平安を与えるお方です。そして神様は、私たちに将来の希望を与えるお方です。今日は、神様のこの3つのお姿についてお話します。しかも、神様は私たちのために立てている計画を何時もお心に留めていてくださいます。 T.神様は私たちに災いを与える神ではありません。私は13歳から17歳までノイローゼで家に引きこもっていました。私は母親や友達を呪う毎日でした。ところが神様は、私のようなものを選ぶために、教会を私の家の隣に引っ越させてくださいました。「あなたがたが私を選んだのではありません。私があなたがたを選んだのです」とイエス様はおっしゃいます。神様は、私たちが一人として滅びることが無いようにイエス様を救い主としてこの世に遣わしてくださいました。イエス様の命を懸けて私たちを愛してくださる神様が、私たちに災いを与えることはありません。ガラテヤ人への手紙3章13節に「イエス様は、十字架につけられ私たちが受けるべき呪いや災いを引き受けてくださった」と書かれています。この言葉は私たちにとって大きな慰めです。イエス様は、生まれつきの盲人を見て、「この人が盲人になったのは、神様の栄光がこの人の上にあらわれるためです」と弟子達にお答えになりました。神様には私たちに災いを下す計画はありません。神様のお心は私たちの上に神様の御業を表すことです。イエス様に出会ってから50年、イエス様と一緒に生きてきました。今日もイエス様は私に平安と将来の希望を与え、私の十字架を担いで一緒に生きてくださいます。 U.神様は私たちに平安を与えるお方です。「私が与える平安をあなたがたがつかむならばどんなところにおいても大丈夫だ」と十字架につけられる前の夜、イエス様は弟子達に言いました。しかし、一番心が騒いでいたのはイエス様では無かったのでしょうか。弟子達がイエス様を見捨てて逃げてしまうことを、むち打たれ十字架につけられることをイエス様はご存知でした。しかし、イエス様はゲッセマネの園で「主よ、私の全てをあなたの御手におゆだねします。御心のままになさってください」と祈りました。私たちの人生で心が騒ぐ時、イエス様に任せる祈りができるなら、私たちの明日に何が起ころうとも神様はイエス様によって平安を与え下さいます。 V.神様は将来の希望を与えるお方です。神様の与えてくださる希望とは、私たちの思いと違っても神様が私たちのために一番良い将来と希望を備えてくださると信じて行くことです。星野富広さんと言う方がいます。彼は中学校の先生で生徒に体操を教えていた時、事故で下半身が麻痺してしまいました。絶望でした。その彼が「全て重荷を持って苦労している者は私のところに来なさい」と言ってくださるイエス様と出会いました。彼は神様に全てお任せしました。今、彼は口に絵筆をくわえて絵と詩を書いています。彼の絵と詩を通して励まされた人がたくさんいます。神様に絶望は無いのです。神様はあなたのためにも将来を開いてくださることのできるお方です。エレミヤ書29章12節、13節、神様を本当に呼び求めて行くならば私たちは神様に出会うことができます。イエス様の命を懸けて私たちを愛してくださる神様を信じましょう。
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