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| 「一心に主に仕える」 |
2006 / 01 / 08 |
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| 講師 | ︰ | 李宏裕牧師 | |
| 聖書箇所 | ︰ | ルカ16:13-15 | |
| 記録 | ︰ | 榎戸清美 | |
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私達は新しい一年に新しい抱負を持つと思いますが、昨年の新年の時に立てた目標を達成できなかったとしても、新しい一年、またイエス様に向かって走り貫いて行きましょう。この一年で、イエス様から霊的な成長を得ることが出来ますように。今日のメッセージのタイトルの意味は「奉仕をする時にその対象は神様のみである」と、言う事です。新しい年が始まる時に私達はこう言いましょう。「私達の益は主以外にはありません」詩篇16:1〜5が私達の戒めとなりますように。聖書の中には神様と人との関係が多く書かれていますが、ここで、神様と私達の関係を見てみたいと思います。神様は神様であり、私達は人です。神様はすべてを創られた創造主で、私達は被造物です。神様は王であり、私達は民です。主は救い主で、私達は罪人です。主は私達を救われました。神様は父であり、私達は子供です。父は子を愛しています。主は主人で私達はしもべです。私達は主人の言うことを聞かなければなりません。詩篇123:2を見るとわかる様に主人としもべの関係は、主人がしもべに命令を下し、しもべはそれに聞き従うことです。過去には主人と奴隷という関係がありました。ローマ帝国の時代は70%が奴隷で、残りの人は自由人でした。主人は言うことを聞かないしもべを殺すことさえ許されました。そして、良い主人と言うのはしもべの栄光でした。現代社会においての会社の上司と部下の関係と同じ様なものです。現代であれば、とても大きな会社で仕事をしていることを誇りに思うことです。主人としもべの関係はそこに存在しているのです。私達は上司の言うことを聞かなければならないのです。愚かな上司であれば、それに従って愚かなことをしなければならないのです。イエス様は最も素晴らしい主人であって、私達はしもべです。 14〜16章はイエス様の長い説教です。そのときイエス様はパリサイ人の家に客として行っていて、そこにいた多くの人に真理をお話しになりました。また弟子たちも一緒でした。弟子たちを教えると共に多くの人やパリサイ人に向けて話しました。16章の初めにたとえを用いて話されましたが、イエス様は弟子達に教えるときよくたとえ話を用いて教えられました。 16:1〜12のたとえの話をした後に、イエス様はこう言われます。この管理人はとても賢い、不義なお金をもって、永遠の命を買ったからです。管理人は将来に希望がないことを知っていてこの不議のお金を用いて借金のある人々の人情を買い、将来この人々を永遠の住まいに導くことが出来るからです。イエス様はただこのたとえを使って、「あなた方はお金を賢く使いなさい、お金を永遠と関係のあることに用いなさい」と、言いました。お金の価値は暫定的なもので、ある時使い物にならなくなりますが、ある人は「いつ価値がなくなるのですか?」と、聞くかもしれません。あなたが不治の病にかかった時、もうそれは価値のないものになるでしょう。イエス様が10節で言っているのは、大小と言うのは、小は地上のこと、大は天の御国のことであり、今日の地上において、神様があなたに託したことに忠実であるならば、将来天国で神様は大きなことをあなたに託すでしょう、そうでなければ神様は天国であなたに大きなことを託すことはしないのです。この地上の富を神様は不義と名づけます。天の宝に比べれば不義なものだからです。この地上の不義な富を天の大きなことと関係あることに用いれば神様は天国であなたに大きなことを任せます。この世であなたが富をどの様に捉えるかが霊的なものへの影響になります。私達は2人の主人に仕えることは出来ません。お金に仕えるのか、富に仕えるのか。お金がある人がお金に仕えるとも限らないし、お金のない人がお金に仕えないとも限らないのです。何かを決定する時、金額によって決めるのは富に仕えることです。主に仕えることは富とは関係ありません。 あなたはあなたの生活をもって永遠の住まいを得ます。クリスチャンは何をするにも主に対してするのです。あなたの時間、お金、すべてのことを永遠の命と関係あるものに変えるのです。これが賢いしもべであり、主に仕えるための原則です。主の思いは私たちの思いを超えています。自分の環境がどのようであっても主に与えられた全てを用いて永遠を得てください。
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